短編

□Sweet Bitter Lily
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「……ジェームズは、きっとあなたのことが好きなのね。」



湖のほとりでやわらかい陽射しと風を浴びる午後。
彼女は遠くを見つめながらポツリと呟いた。

ジェームズは自尊心が高いというかなんというか…自分が"こう"と決めたらそれを誇示せずにはいられない性格の人だと思う。だから彼は何事においても包み隠す様なことはしないし、かと言って口先だけではなく周囲を説得することもちゃんとできる人間だ(一部はそれを認めようとしないみたいだが)。私へのアプローチも最初こそ信じていなかったけど、それが嘘や冗談ではないとさすがの私でも徐々に気づいていた。

「…ナナコ、そんなに悲しそうな顔をしないで。こればっかりはどうしようもないもの。」
『リリー…』
「それに、相手が誰だろうと私にはやっぱり不利よね。……男なんだから」


彼女が無理をして笑っているのは明らかだった。
あなたこそ、そんな顔しないでよと思う。

草の上に置かれた手をそっと握る。
白くて華奢だけれど、節っぽく長い指や大きな掌はやっぱり"男性"のものだ。
リリーは私の手をぎゅっと握り返して遂に破顔しながらも、それを見せまいとする様に私の肩に頭を乗せて静かに泣いた。私もその上に頭を乗せて、寄り添う。

『……私、あなたに妬まれちゃうかな』
「…、…そんな訳ないじゃない。大事な親友よ?…もし、これが他の子だったら、そうね、妬んじゃうかも」

涙ながらにおどけてみせる彼女の言葉に、二人とも顔を上げて笑い合った。リリーはやっぱり笑っている顔の方が素敵だ。

「……だけど、純粋に羨ましいとは思うわ。ナナコは私の憧れそのものなの。私にはどうしても手に入らないものを、たくさん持ってる。」




羨ましい、か……
それを言うなら私だって、セブルスの心を捕らえて離さないあなたが羨ましい。


なんて皮肉なんだろう。



「…ありがとう。あなたが居てくれてほんとに良かったわ。」

リリーは立ち上がってお尻についた草を払いながらそう言うと、私に手を差し伸べてきた。
複雑な想いを秘めながらも、その手をとって私は微笑んでみせるのだった。





:::

「…遅かったな。どこ行ってたんだ?」

寮の談話室に戻ると、セブルスがぱたんと本を閉じながら声を掛けてきた。

『湖よ。リリーと…』

口をついてその名を出してしまったが、すぐに後悔した。リリーと聞いただけで彼の瞳は色を変えるんだから(たぶん私しか気づかない程の微々たる変化なんだろうけど)。だから極力彼の前でリリーの話は避けていたのに…迂闊だった。

「…そうか、君たち仲良いもんな。」
『ま、まあね』

逃げる様にして彼の横を通りすがろうとした瞬間、咄嗟に手を掴まれて心臓が跳ねる。

「…その、何か言ってたか?彼女」
『………何か、って…?』
「いや。…何でもない」
『?…セブルス、口の端が切れてるじゃない。一体どうし』

至近距離で彼の顔を見て初めて気づいたのだが、心配になって伸ばしかけた手を彼がやんわりと払うので言葉が詰まる。


「……君には関係ないだろ。僕に構うな」




衝撃だった。

彼がリリーを気に掛けるのは今に始まったことじゃない。けれど私を突き離すような発言は初めてなのだ。


『…、…して……』
「……何?」
『……どう、して、そんなこと、言うの…』
「お、おい、何で泣いて……っ!」

今度は私の方が彼の手を払った。強く。

『…っ、いいわよ、もう、構わなきゃいいんでしょっ…セブルスなんて、もう、知らないっ!ばか!』
「あっ、おい!ナナコ!」


彼の制止も聞かずに自室へと駆け出した。
幸い、ルームメイト達もみんな出払っている様で私は自分のベッドに沈みながら一人、大泣きした。
勢いのままに言葉をぶつけてしまったが、自分から彼を突き離してしまうなんて…馬鹿は私のほうだ。でも彼には勿論、リリーにすらまだ打ち明けていないこの気持ちを、どう扱ったらいいのか自分でもわからない。

やり場のない悔しさを飲み下しては、受け止めきれず溢れ出していく様に泣き続けた。



:::

「ちょっと、ジェームズ!どうしたのその顔!」
「…あぁ、リリーか。いやちょっと色々あってさ。」

談話室に入るなりすぐ、暖炉前にたむろしているいつもの四人組を見つけた。中でも彼の片頬は腫れ、こめかみに擦り傷があったりと酷い有様なので思わず声を上げる。

「リリーも何とか言ってやってくれよ!こいつスニベルスの奴に喧嘩吹っ掛けてさ。」

パッドフッドがにやにやしながらジェームズの肩を叩くも、彼はむくれたまま唇をひき結んでいた。

「…セブに?どうしてまた……」
「で、でもぼく、感動したよ!ちゃんとした決闘、初めて見たんだ!」

ワームテールは未だ興奮冷めやらぬ様子で大袈裟なジェスチャーをしながら飛び跳ねてる。……決闘ですって?

「…おいおい、決闘は本来杖を使って行うものだろ?あんなのただの殴り合いじゃないか。」
「はっはー!リーマスの言う通りだぜ!ったく、あんな奴相手に…どうしちまったんだよ相棒」

三人が囲んであーだこーだと騒ぎ立てる中で、ジェームズは腕を組んでだんまりを決め込んでいる。彼がセブにちょっかいを出すのはいつものことだけれど、決闘を仕掛けるなんて…と考えを巡らせ、ハッとした。

ナナコのことだわ。


結局彼らはそのままワイワイと部屋への階段を上っていく。その背中を見送って、私は溜息をつきながらソファーに腰を下ろしてゆっくり目を閉じた。






リリー。

彼は、貴女が本当は男だって知ったら何て思うかしらね。

女の子として生きてたって、ナナコにはこんなにも及ばないというのに。

どうして、"僕"は男に生まれてしまったんだろう。
どうして、彼を好きになってしまったの。
どうして、どうして…



目が覚めたら、生まれ変わっていたい。
そしたら、彼にこういうの。


"…愛してるわジェームズ。少しずつでもいいから、私を見て欲しいの。"


朝が来て、もしも僕が……




僕は彼女の夢を見る



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