短編

□アモルテンシアにシュガーをひと匙
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近隣校の各教授が集まりそれぞれの学習方針だったり研究成果などを発表し合う、半期に一度の学会。


ボーバトン校7年次の最終学期。卒業後の進路として教職に就くことを希望した私は兼ねてより学校一の成績を誇っていた魔法薬学の"教授見習い"として、今回特別に現教授のマダム・ドゥ・ヴィリエに同行させてもらえることになった。

会場はその都度変わる様で、今日私たちはロンドンに赴いた次第である。

厳粛な建物のホール内にヒールの音を響かせながら、マダムに書類の束を手渡す。既にチェック済みの今期学会出席予定者リストと、事前に目を通しておいた全教授の論文についてそれぞれの要点をまとめあげた資料だ。



長いテーブルを囲う様にして各国の薬学教授が一同に会している様は、薬学オタクの私にとってまるでレッドカーペットの様に圧巻だった。

と、いっても部屋に集まったのはキラキラしたセレブとは程遠いイメージの、ずんぐりむっくりで何とも冴えない表情をした中年男性やおじいさんばかり。
美徳を何より重視する校風のボーバトンからやってきた私たちの方が、逆に浮いているように見える。けれどこのおじさんたちこそ、これまで数々の素晴らしい功績を納めてこられた偉大な学者たちであり、動く写真ではなく生身の彼らを目の当たりにできただけでも今日ここへ連れて来てくれたマダムに感謝しなくては。

中でも、断トツ、一際、私の興味を引く人物がマダムの隣の椅子に颯爽と座ったので、思わず心臓が跳ねた。


(ムッシュ、…スネイプ……)


初めて彼の学術論文を目にした時、寝る間も惜しんで何回も繰り返し読み耽った。それからというもの、すっかりファンになってしまった私は彼に関する文献や記事など欠かさずチェックしている。芸術の如き美しさと崇高なる研究精神、一切の無駄なく綴られる文章その一節一節はいつも私の心を捕らえて離さない。彼の授業を受けたいが為にホグワーツへの編入も考えたほどだが、資金の問題から両親に反対されてしまった。

その、彼が……隣のマダムを挟んですぐそこに…いらっしゃる…
始まる前からこの調子では会が終わるまで心臓がもつか不安になってきた。

「ボンスワー、ムッシュ」
「ご無沙汰しております、マダム・ドゥ・ヴィリエ。」
「相変わらずですこと。あたくしのことはジゼルとお呼びになって、と何度も申してますのに」
「………そちらは、生徒ですかな?」

会話の矛先が唐突にこちらへ飛んで来たので弾かれた様に席を立ち、はやる鼓動を落ち着けながらもムッシュの前に歩み出た。
「ええ。あと数ヶ月は生徒ですが、来年度からあたくしの助手をしてもらいますの」
「ナナコ・ナナシです。ごきげんようムッシュ」

膝を折ってお辞儀をして、初めて目が合う。
かあっと頬が赤くなってしまうのが自分でもわかった。本当は、貴方が好…あ、いや、貴方の研究や論文が好きだと一言伝えたかったのだけど、恥ずかしさが勝り逃げる様にそそくさと席へ戻ってしまった。失礼だっただろうか。

「なかなか優秀ですのよ。彼女に作らせた資料をご覧になって?」
「拝見しましょう。」
「あっ、ちょっ…」

伸ばした手は見事空振り、数日前から徹夜で仕上げた資料が彼の手元に渡ってしまった。手を抜いたつもりはないが、あんな素人の文章が憧れである彼の目に入ってしまうなんて…。

ちら、と彼を見ると、眉間にしわを寄せ真剣に読んでいる様ではあるが何を考えているのかまでは検討がつかない。



「……なるほど。実に、荒削りで粗雑な構成、稚拙な言い回しも良いところだ。先が思いやられますな。」




雷が脳天を突き抜けたような感覚に眩暈がした。今…この人何て言ったの……?

サッとマダムに資料を突き返す。
まぁ。と言いながらもマダムは口角をあげて私を見た。恥ずかしすぎてどちらの顔も見れずに下を向く。さすがにこの仕打ちは想定外だった、早くも寮に帰りたい。今朝、がんばって!と送り出してくれたル−ムメイトたちの顔が浮かんで余計に泣きそうになった。



「ところでムッシュ?今夜お忙しいかしら。せっかくロンドンまで来たんですもの。食事でもご一緒しませんこと?」
「……良いでしょう。」

憧れの人とマダムは何やら親しげだし。
こんな惨めなことになるんだったら、来るんじゃなかったと思ってしまう。さっきまでは夢にまで見た光景に胸を躍らせていたというのに…自分にもそんなプライドの様なものがあったことにすら驚きだ。
早くも鬱々と後悔し始めていた私の耳に、次の瞬間とんでもない言葉が飛び込んできた。

「Ms.ナナシにもご同行いただけるでしょうな?彼女の薬学に対する着眼点には興味がある。是非とも話を伺いたい。」



え、…今、何て言ったの……?

思わず驚きのままに勢いよく彼に顔を向けると、真っ直ぐにこちらを見つめる視線と目が合って、そして、私の勘違いでなければ、



その視線にはほんの少しだけ、熱が込められていた。




アモルテンシアに
シュガーをひと匙



恋のはじまりは、突然に。






⇒"Parfum du XXX"
続きます!(※裏注意)



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