短編

□御用改めである!
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カツーンカツーンカツーン


高めのピンヒールを鳴らし、鼻歌を響かせながら地下へ向かって階段を降りていく彼女は、暗くて陰湿で冷気の漂う地下空間には驚くほど不釣り合いだった。

クルクルに巻かれたブロンドヘアー
胸元をやや強調させている開襟シャツ
(本人曰く、谷間より鎖骨を意識するのがセクシーのコツなのだとか)
ボディラインを決して殺さずスマートに引き立てるジャケットに
美脚効果バツグンの膝下タイトスカート
極めつけはエナメルのピンヒール

自分のスタイルの良さを100%理解し、これでもかと魅せている勝負スタイルには感服せざるを得ないが、それでも彼女は今に至るまで人々から好奇のまなざしで(悪い意味の)注目を浴び続けてていた。


全身、ショッキングピンクコーデ、なのである。

ホグワーツの不気味な地下室に不釣り合いなゆえんがこれだ。

しかしこれらは彼女にとっての鎧であり、仕事柄多くの要人と交渉や取引をする彼女は、ピンクに身を包めば気を大きく保つことができ、向かうところ敵なしなのだ(と、本人は思っている)

しかしさすがに目に余る。
誰か、そう、例えば彼女の上司は?注意したりしないのか?



「さて、Ms,ナナシ。手分けして査察に参りましょう!リストを。フフッ」


上司も全身ピンクだった。

そんなこんなで彼女は周りの目など気にも留めずに足を進める。


『ふむふむ。"地下廊下、異常なし。"…………んー、…"やや、異臭"、…ふむ、これで良しと!』
バインダーに挟んだ用紙に熱心に書き込みながら次の目的地へ。









「くだらん私語を慎む気がないのなら貴様のその実験ネズミより小さな脳でもってして」バァァァアーーーーーン!!!!!





物凄い勢いで開かれた教室後方の扉に全員が注目する。

まさに今、出来損ないの生徒に向かって嫌味の限りを浴びせんとしていたのを妨害された魔法薬学教授は眉間の皺を倍に増やし、おまけにコメカミには青筋を立てていた。
生徒の方は「助かった!」とばかりの表情である。

『崇高なる授業の最中に失礼します、授業内容及び研究室内の査察に参りましたの。』

「…………お前は、ナナシか」
『ええ、ご無沙汰しておりますわスネイプ教授!』
とびっきりのスマイルに数名の男子は鼻の下を伸ばすが女子ウケはイマイチそうだ。


何を隠そう、ナナコ・ナナシは数年前の卒業生なのである。それも、狡猾さはさておきながら優秀且つ気品溢れるスリザリン寮の。


「……我輩の記憶が正しければ、ナナシは確か魔法省に就職した筈だが?」

故に此処で顔を合わせるわけがない少なくともそんなに頭の弱そうな姿はしていない、と口まで出かかって飲み込んだ。


『ふふ、ですから、此処にこうして居りますのよ。今はアンブリッジ女史直属の部下ですの。』

先ほどの男子数名が即座に落胆した。

なるほど、あの上司にしてこの部下ありというわけか。
スネイプは額に手を当ててやはり落胆した。


『オホン。では、教授?一週間の授業計画を簡潔にお願いしますわ!』





:::

査察についてはアンブリッジから各教員へ事前に通達が出ていた。我々教師陣の拒否権など一切許さない、非常に一方的な通達がな。

概ねホグワーツを乗っ取らんとする策なのであろうが、所詮は便宜的なくだらん儀式に過ぎん、とたかをくくっていた…

抜き打ちで、更には部下を(それも我輩の教え子を)差し向けてくるとは敵もなかなか狡猾ではないか。



「…我輩の授業では曜日に関わらず主に教科書に従った薬学実験のみを行う。自主的な予習を前提とし、またレポート課題による復習も然りだ。」

目の前の"元"生徒自身も散々経験して身に沁みている筈だがわざとらしく律儀に答えてやる。


『…お変わりないんですのね。』


ふと、手元の紙面から視線だけをこちらに向けて悪戯っぽく口角を上げる彼女に、不覚にもドキリとした。誤魔化す様にこちらも目を細めてみせる。

生徒には気づかれないほどの、些細なやりとりに心臓が高鳴るのを感じた。


まるで秘密の駆け引きを、楽しむかの様に。


よかろう。そちらがその気ならばこちらにも考えがある。願っても無い良い機会だ。
折り目を付けて、お返しするとしよう。

つい頬が緩んでしまうのを抑えきれなかった。


それからナナシは二、三の質問を続けるが一つ問う毎に一歩ずつ、じりじりと距離を縮めてきた。

獲物に狙いを定めた蛇のような、蠱惑的な視線がこの身を捕らえて離さない。
しかし彼女は狙う相手を見誤った様だ。我輩が、大人しく飲み込まれてやるとでも思ってるのか?



『教授は、毎年闇の魔術に対する防衛術の担当を希望されているそうですね?』
「さよう。」
『でも、不採用、と。』
「いかにも。」

ウィーズリーが鼻を鳴らした。


『平均的な就寝時間は?』
健康管理まで査察項目にあるのか、余計なお世話にも程がある。
「…午前、3時だ。」
しかし彼女はメモを取らずに続けた。

『…では、今夜のご予定は?』

遂に息がかかるほどまで距離を詰められるが、こちらはあくまで何でもないかのように平常心を装う。
かかとの高い靴のせいか、彼女の筋通った鼻先が我輩の顎の位置に。例の熱っぽい視線は唇に向けられ、長い睫毛が影を落としている。
終いには甘ったるい香りが今にも理性を崩壊させようとけしかけてくる始末だ。なかなかやるではないか。

噛みつかんばかりの大人の距離感に、今度はゴクリと喉を鳴らすウィーズリー。

「…レポートの、採点を。」

ナナシは視線はそのままに、また形の良い唇の両端をきゅっと上げ、バインダーを脇に挟んだ。

『以上で査察は終わりです。模範的な、素晴らしい先生ですね。…少し、ベッドに行くのが遅いみたいだけど。』

すっと白い手が首元に伸びてきたかと思えば、器用に肌には触れない様にしてクラバットのずれを直す。

寝るのが、と言えば良いものをわざとベッドという単語に置き換えているあたり、やはり確信犯の様だ。

生徒には少々刺激的な光景だったかもしれんが、構うまい。

それ以上の接近はなく(既に十分過ぎるくらいだが)、ナナシは『ご協力感謝しますわ。』と語尾を上げて教室を出て行った。

男子生徒は只々卑しい視線を、女子生徒は驚愕の視線をその背中に向ける。


ずっと胃の位置あたりで組んでいた指先がひくつくのを誤魔化すように、ウィーズリーの頭を思いっきり叩いてやった。



御用改めである!

その日の夜更け
予想通りの控えめなノックが地下に響く。






続きのおはなし⇒
「御用改めの改め!」(※裏注意)





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