短編

□どうか優しい光があなたを包んで
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最近、教授の背中が小さく見える時がある。



薄暗い研究室にはコポコポと泡の弾ける音だけが響き、その煮え滾る大鍋に向かって撹拌作業に集中している背中を眺め、思わず溜息が漏れた。

ダンブルドア先生からの指示で陣営と騎士団とを往き来するという重要な役目を担っていることは知っている。

最初は、その重荷にただ神経を擦り減らして疲弊しているだけなのかと思ってた。





『教授、お茶を。』


撹拌の手は止めずに無言のまま、反対の手を軽く挙げる。
そのへんに置いておけ、の意だ。



カチャリ

ソーサーに乗せたカップとメモを執務机にそっと添え置いて、静かに研究室を後にした。



"湖へ、薬草を採りに出ます。"








薬草採取は朝一番に限る。
朝露の水分を多く含んだ葉が、後で抽出した時のエキスが一番凝縮されているから。


東の空が白み始めているこの時間。生徒も先生もゴーストも絵の中の人々も、学校中がまだまだ夢の中だろう。霧の立ち込める城は不気味なほど静かだが、荘厳で美しくもあった。

ぐっと冷え込む外気を吸い込みながら黒いショールの前を合わせる。






教授は一体その身に何を背負っているのだろう。

私には何も話してくれないけど、とても測ることなんてできないほど深い何かを感じる。



貴方が背負う物を、少しでも軽く出来る力が私にあればいいのに…


(…なんて、出過ぎてるかしら。所詮は只の助手だもの)




一人でいる時くらい

秘めるこの想いに浸っていたい。



ふと手を止めて湖から城の方へ振り向く。




時が、止まった。



霧の中、真っ黒な塊が、此方に向かってまっすぐ歩いてくるではないか。
いつものようにローブを翻しながら大股で。


絡み合う視線はそのままに、遂に目の前まで来た教授はザッと足を止めた。少しだけ息を切らしている。


どうしたんですか?何かありました?
いつものように問えばいいものを、早打つ心臓がそれを許さない。

普段はひた隠しにしている秘密の淡い恋心を人知れず開放させていた最中に、当の本人が現れたんだもの。




「………ナナシ、」

『は、はいっ』


しばし見つめ合った末に薄い唇から低い声音が私の名を紡ぐ。
それだけで、ドキリとさせるんだからこの人は。


「…、君は、魔法省及び本校校長であるダンブルドアそして我輩の承認を得た上で優秀且つ規則に従順な助教授要員として今、此処に、存在する。…間違いないかね?」

よくも噛まずに…と思えるほどの言葉の羅列を一息に吐き出され驚きを隠せない。何か粗相でもあったのだろうか。

困惑と反省の色を示すともう一歩分距離を縮められ、たじろぐ。手を伸ばせば触れられる距離。


「で、あるからして、助教授殿?

…如何に、君の意向にそぐわぬ事態であろうが我輩の指示する若しくは意図する求めに応じ全面的な協力を義務とすること」



(…確かに、魔法省へ提出した契約書面にそんな様な事が書いてあった気がする。ダンブルドア先生と、教授にサインを貰った、あの…)


何も言わずに悶々と一人の世界に入り込んでしまった私に難色を示した教授は、目の前の鈍感に自分の言いたいことが全く伝わっていないことを察したのか、苦虫を噛み潰した表情で行動に出た。



それは、突然の出来事。

グイっと腕を引かれて温かいローブの中に包まれる。それどころか、ぎゅっと抱きしめられる。


『……きょ、きょきょきょ、じゅ、これは』

「協力は義務だと言ったはずだ。不快だろうがしばしこのまま居させてくれ」

逃すまい、と腕に力を込められれば私たちの間には一部の隙間も無くなるわけで。…こんな、余裕の無い教授なんて初めて見る。



(ああ、もう……)

人の気も知らないで。

観念した私は上手く機能しない心臓を落ち着けながら、引き抜いた両腕を教授の首へ巻きつけた。びく、と身体を離そうとするのを、今度は私が逃がさない。


まったく、臆病なんだから。



『セクハラなんて言いませんから、だいじょうぶです。』
「う、」
『…そもそも、不快じゃ、ないですもん。』
「…………そうか。」


穏やかな溜息が私の耳元を温める。
それでなくとも、きっと真っ赤になってるはず。


ほんとは嬉しくてしょうがない、なんて言ってあげないけど

しっとりした髪に

すこしだけ、さわってみたりした。



どうか優しい光が
あなたを包んで


(いつか、貴方の話を聞かせてね)




titleは 3秒死 様より。



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