- The Journey from Platform 9 3/4 -
クィレルの任務は成功しただろうか。
静まり返った医務室。ベッドの上に横たわるセブルスは薬の副作用で安らかな寝息を立てている。……また眠りながら眉間にしわを寄せる癖が戻ってしまっている様だ。ホグワーツの教員生活では、あまりゆっくり眠れないのかもしれない。
『………。』
彼の意識が無いのをいいことに、血色の悪い頬へそっと手を伸ばす。
『……貴方が私を追ってきたのは、ダンブルドアに見張れと言われたから?それとも……』
答えは、返ってこない。
『………。』
自分のローブを脱いでそっと彼に掛け、ベッド脇の丸椅子から立ち上がる。仕切り代わりのパーテーションから出るとちょうど蝋燭の替えを持ったマダム・ポンフリーが医務室に入ってきたところだった。
「あら、もういいの?」
『ええ。眠っているみたいですし、私も仕事が。』
「そう?目が覚める頃には治っているでしょうから、もう大丈夫ね。」
『ありがとうございますマダム。』
「いいえ、あなた方がここへ来るなんてことは今に始まったことではないですからね!」
…学生時代のことを言っているのだろう。
グリフィンドールの連中とやり合ったセブルスを連れてきたり、実験に失敗した私が彼に連れてこられたり…私たちは当時からここの常連だった。
マダムがにやりと笑うので、こちらも苦い笑顔を返しながら医務室を後にする。
人目が無いことを確認してそっとDADAの教室を横切るも、その奥にあるクィレルの私室は閉ざされたまま静まり返っていた。…まだホグワーツに戻ってないのかしら。
一抹の不安を覚えつつも、仕方なしに自室へと足を向けた。
「嗚呼、ロザリア!ちょうど良いところにいました!」
階段を降りていると下からいそいそと昇ってきたマクゴナガル先生に出くわす。私を探していた様だ。
「一緒にこちらへ。校長が呼んでいます」
まずい
グリンゴッツの件がもう……?
「急に呼び立ててすまんの。」
私を部屋に入れるなり、マクゴナガル先生はダンブルドアとアイコンタクトを交わし無言で部屋を出て行った。
この部屋には学生の頃にも何度か訪れたことはあったが、いつ来ても背筋がピンと伸びるのを感じる。
「…何日か前、わしの元に一通の手紙が届いてな。古い友人からじゃ。君のことをよろしくと書いてあった。」
『……ニコラスおじさまですね。』
「さよう。」
心臓の音はうるさく肌寒さすら感じるほど緊張の糸が張り詰めているが、目の前の老魔法使いは柔和な笑みで私を温かく包んだ。
「何か…わしに聞きたいことはあるかね?」
『!』
半月型の眼鏡をずらし、上目遣いの鋭い視線に捕らえられる。
どこまで…手紙にはどこまで書いてあったのだろう。
私が命の水を欲していること
ニコラスおじさまの魔法書つまり錬金法を、既に手に入れていること
賢者の石を、求めていること…
『…ニコラスおじさまに伺ったのです。彼が発明した"命の水"、その精製には或る貴重な材料が必要であると』
青い瞳の奥はまさに宇宙だ。
荘厳で果てしなく、言い知れぬ脅威を孕んでいる。
頭の中で本能が囁いた気がした。
これ以上、彼の中へ踏み込んではならないと。
「…ロザリア。君が命の水を欲しがっているのは知っておるよ。その、理由も含めてじゃ。」
『!』
さすがに動揺せざるを得ないが、彼の言う"理由"というのは前にニコラスおじさまにも話した「ハルフェティ家を護るため」という内容だろう。…その裏に隠している本当の理由については、まだ気づかれていないはず。
現にダンブルドアの瞳は、警戒ではなく胸を締め付けられているような切なさに揺れていた。
「…先の、ご両親の不幸。まこと残念な事故じゃった。君もさぞかし辛かっただろう。」
『…っ、……』
息が詰まる。
どこからともなく小さな風が巻き起こり、スカートの裾が僅かにはためいた。
事故、ですって?_____" 残念な "?
一体誰の差し金かしら。
不死鳥の騎士団、団長殿
貴方の所為で
貴方の、所為でっ____!
「君のご両親のことはよく覚えておるよ。」
『……。』
はっと我に帰ると、ダンブルドアはすぐ目の前まで来ていてその温かい両手を優しく私の肩に添えていた。
心の奥底にふつふつと沸き起こってきた黒い靄のようなものが、徐々に鎮まっていくのがわかる。
「…昔話をしたいところじゃが、どうやらわしの出番は必要なさそうじゃ。」