ロゼ ノワール

□The Philosopher's Stone.
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私たちの前には

まるで夜の海の様に黒くて

先の見えない闇が広がっている。


けれど、もう独りじゃない。

互いのぬくもりだけを頼りにして


前へ進もう。

二人で。






- The Boy Who Lived -









危険で謎めいたその森は時として美しく、神秘的だ。


一人の乙女が静かに黒衣のフードを取り去ると
ラピスラズリの瞳の中に広がる星屑が輝いた。


彼女の傍らに呼応するかの如く現れ
闇に光を灯す、一頭のユニコーン

銀色のたてがみをなびかせるその首筋から
溶けた金属のような血が滴り落ちている。


瞳の夜空に、流星群
その先を辿って

幾筋もの涙が零れていった____







:::

目を開けると、見なれた暗闇だった。

手探りでランプを点けたらあまりに眩しくて、慣れるまで目を細めながら丸眼鏡に手を伸ばす。

何だか、とても恐ろしい夢を見た気がした。


黒いマントを着た女の人が夜の森に立っているところまでは覚えているけれど…その先はどうしても思い出せないのだが、少しだけズキンと痛む額の傷に触れてみた。

怖い夢を見て目が覚めると、いつもこうなのだ。




どうやら一家はとうに寝静まっているらしく、おじさんのいびきが響いてる以外の物音は無さそうだ。


こっそり物置部屋から抜け出して、暗いキッチンへと歩みを進める。今日は何が残っているかな…
ダドリーとやりあいながら帰宅した所為で夕飯は抜きだったから空腹も絶頂だ。もしかしたら怖い夢は気の所為で、お腹がすいたあまりに目を覚ましたのかも。


冷蔵庫を開けて、まず目に入ったのは大きなパイ皿。音を立てないように注意して取り出すと、四分の一だけ残されたミートパイの香りが鼻をくすぐる。

思わずお腹が鳴ってしまったので、他に誰も居ないかキョロキョロと辺りを見回した。

そしてもう一度パイ皿に目を戻して…あれっ、おかしいな。さっきは四分の一だけだったパイが、一皿まるまる埋まっている。寝惚けて見間違えたのかな。

…いや、どうだろう。

いくら僕が寝惚けていてパイの量を見間違えたのだとしても、たった今冷蔵庫から出したばかりのそれがほくほくとおいしそうな湯気を立てているなんてことが、あり得るだろうか?


でも、そんなことはもはやどうでも良い。
そのままキッチンの床に座って夢中でパイにありついた。ダドリーが好きそうな、角切りベ−コンやソーセージ、挽肉などたくさんの肉とポテトがたっぷり入ったパイは涙が出そうなくらいおいしいし、それに何といっても、温かい!

一体どんなふうに寝惚けたらこんな魔法みたいなことが起きるのだろう。

いくら考えてもわからないけど、お腹が満たされてから再びベッドに入ればすぐに眠たくなって考えるのをやめた。


今度はきっと、幸せな夢を見るに違いない。

そう信じることができるくらいには満たされていた。






シンクに置かれたすっかり空っぽのパイ皿に元通り四分の一だけのパイが再び現れ、そして何事もなかったかのように冷蔵庫へしまわれていく。

その様子を見届ける影がひとつ。

窓の外から中を覗いていた一匹の黒ネコがぴょんっと枠から飛び降りて、何処へなりと通りを歩いていくのだった。





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