ロゼ ノワール

□The Dark Ages
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- 堕 天 -













数時間前



私はいつも通り城内の見回りを終えて自室に戻り、残りのレポート採点を行うべく机に向かった。日付が変わろうとする頃、疲れの所為か無性に彼女のことが恋しくなり引き出しを開けてネックレスを取り出す。いつも返すのを忘れてしまってずっと自分の手元にあるままのそれは、もはや「離れていても彼女は傍に居てくれる」と心を落ち着けてくれる精神安定剤の様なアイテムと化していた。普段は完全に公私を切り離して仕事にあたっているつもりだがこうして稀に私情が顔を覗かせてしまうのだった。

彼女は今、何処で何をしているのだろうか。
危険に身を晒していないと良いが…

すっかり錆びれてしまった真鍮細工の、幾重にも重なる花弁をぼんやり見つめながら指でなぞった。

…そのまま少しだけ夢の中へと堕ちていったが、頭の中で誰かが名前を呼んでいる気がしてハッと目を覚ます。

「…セブルス。」

どのくらい眠ってしまっていたのか、部屋の灯りは全て消えており天窓からうっすらと月明かりが射し込むその光の輪の中に、校長がたたずんでいた。脳を覚醒させる為にもすうっと息を吸い込んで目をしばたたかせていると、珍しく深刻そうな顔をしたアルバスが低い声を這わせる。

「……由々しき事態じゃセブルス。ここ最近で騎士団に加入した若者たちが非公式に徒党を組んでいたようでの。我々の計画を無視した、実に勝手極まりない行動に出おったのだ。」

何だ…胸騒ぎがする。
彼の瞳が泣いた様に赤くなっていた。

「大方、団員としての手柄を立てんと急いたのかもしれん。………ロザリアが危険じゃ」


反射的に立ち上がる。
今……彼女の名前を……?
理解が追いつかないながらも身体は勝手に動き出していた。身を滑らせる様に風をきって城の外へ駆け出、止まることなく一気に姿をくらました。

ホグワーツから彼女の屋敷まではあまりに距離があり過ぎる為、一度の姿くらましで辿り着くのは難しい。中継しながら向かわなくてはならず、体力を削がれながらも早まる鼓動を抑えられずに息があがってしまう。


どうか…、どうか……!!





やっとの思いで肩を上下させながら森の出口に立ち、唖然とした。
……屋敷が轟々と燃え盛っている。


急いで駆けつけると、まさに炎の前で数人の若い騎士団員に両腕を羽交い締めにされ囚われているロザリアの姿があった。

『いやぁぁぁああああ!!!父様っ母様ぁあっ!!』

炎の方へ手を伸ばそうと暴れながら泣き叫ぶ彼女は完全に我を忘れている様子で、杖すら持っていない。



私は己の身の振りも考えずに杖を取り出し、彼女を捕らえている両脇の若者を失神させた。
解放された彼女はその場にぺたりと力無くうずくまり泣き喚き続けている。周りの者達がすぐさまこちらに気づいて杖を向けてくるが彼女を守りたい一心の方が勝り、こちらも杖は下ろさない。

「…スネイプ!どういうつもりだ!?まさかこいつを庇おうってんじゃないだろうな?」
「貴様やはり陣営のスパイだったか!!裏切り者め!」


愚か者共にくれてやる言葉などなく、躊躇せず呪文を放つ。閃光が飛び交うも、まだ学校を出たばかりの青二才相手など造作も無い。筈だった。

連中の殆どを失神させ、最後の一人が残る。

「……っ!」

迂闊だった。
焦った若い団員は咄嗟に足元でうずくまるロザリアの腕を掬い上げて立たせると喉元に杖をあてたのだ。

「はぁっ、…はぁ、…杖を、捨てろ……でなきゃこいつの頭が吹っ飛ぶぞ?ハハッ……」

男の目は既に正気では無い。
ロザリアの方も、ぼうっと空中を見つめているだけで生気が感じられなかった。
汗がこめかみを流れ落ち、ギリッと歯をくいしばりながら、ぽとりと杖を捨てる。くそ、どうすれば……


「…う、裏切ったお前が、悪いんだ……我らは、崇高な騎士団……正義の、名の下に…」

男がブツブツと独り言を呟いている間、ロザリアに突きつけられた杖先に集中していると、まっすぐな視線に気づいた。

彼女が、涙を流しながらじっと私を見据えている。

良かった、意識を戻し……




(…愛、し、て、る)


「!?」

「死ねスネイプ!!アバダケっ……な、なにっ!!?ぐああああ」




ロザリアは私を見つめたまま声は出さずに口だけを動かして

自分を捕らえている男諸共、ドンっと地面を蹴り上げ背後の炎へ飲まれる様に倒れていった。









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