ロゼ ノワール
□The Dark Ages
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- 再 会 -
スピナーズエンドからは遠く離れたどこかの森の中、湖のほとりにその屋敷はひっそりとたたずんでいた。
招かれでもしなければ誰も近寄らない様なそこは浮世離れしていて
夜になると屋敷の灯りが湖に反射し、まるで星空に溶けていくみたいな景色が幻想的でとてもきれいなんだ。
父さんはもう、五日ほど家に帰っていなかった。
ここへ来ればあんな奴の顔を見ずに済むし、何より母さんが心から安らげる場所だ。
僕は胸の高鳴りを隠しきれず、急かす様に母さんの手を引いて森の小道を歩いた。
「お待ちしておりましたよ!アイリーンお嬢様、まあ!大きくなりましたねセブルス坊ちゃん。」
「久しぶりだなスイミー!叔父さんは?」
「旦那さまは書斎にいらっしゃいますよ。」
「だって母さん!ご挨拶が済んだら湖に行ってもいい?」
母さんは父さんと一緒になる為に家族や親族とは縁を切ったらしいのだが、唯一ここの叔父さんとは今も親交があってこうして彼の友人だけが招かれるパーティーに時々僕たちも呼んでもらっていた。
「ああ坊ちゃん!日が落ちるまでにはお戻りくださいね!」
スイミーに手を振って、勢いよくエントランスを飛び出す。
ズボンの裾を膝までまくってチャポンと両足を中に入れると澄んだ水がひんやりとして心地良い。
抜けるような青空、風、森の匂い。
普段工場から出るスモッグの中で生活している僕にとっては天国みたいなところだ。
太陽の眩しい光に目を細める。そのまま少し先の岸の方へ視線を移したとき、不思議なものが目に入った。
女の子だ。
黒い髪の毛を風になびかせて、僕と同じように湖に浸かっている。白いワンピースの、裾を手に持って。
「……妖精…」
あまりに神秘的な光景に思わず声を漏らしてしまった。母さんが読んでくれた絵本の妖精にそっくりだったものだから。
とにかく彼女から目を離せずにいると、僕の存在に気づいたのか彼女もこちらに顔を向けてきたので目が合って、息を飲む。まるで時が止まってしまったみたいだ。
歳は同じくらいだろうか…いや、もしかしたら本当に妖精かもしれない。そう思ってなかなか声をかけられずにいると、森の方から男の人の声がして彼女がそちらを見る。
最後にもう一度僕の方を見て、そしてにっこり微笑んでから、行ってしまった。
とても不思議な体験をしたと思った。
誰かに話したいような、自分だけの秘密にしたいような…そんな、変な気持ちだ。
日が落ちて、パーティーが始まった。
昼間より人の数も増えている。
男の人たちは叔父さんと一緒に葉巻をくゆらせながら談笑して、女の人たちはテーブルを囲んで噂話に夢中。子どもの姿はあまり見かけない。
僕たちは外で夜風にあたっていた。
「母さんにだけ教えてあげる。この湖、妖精がいるんだよ!」
母さんは優しく微笑んで、そして頭を撫でてくれた。
でもすぐにその視線が僕の後ろの方へ向けられたので振り向いてみると、昼間の女の子がさっきよりも少し着飾られた姿で目の前に立っていた。僕は白いワンピースの方が、好きだけれど。
『…こんばんは。』
「こ、こんばんは…。」
鈴をころがした様な声に少し緊張すると、後ろから母さんがくすくすと笑うので余計に恥ずかしくなって、その場から逃げる様に彼女の手を引いて湖のほとりに向かった。