ロゼ ノワール
□The Dark Ages
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- 葛 藤 -
______3年後。
「ロザリア様、お茶の御用意ができましたわ。今日はブリオッシュを焼きました。さ、アールグレイを」
『ありがとう、スイミー。…あの子は」
「あらやだ!まだ湖かもしれません、3時までには戻る様に言っておいたのですけど…」
いそいそと入り口へ向かおうとする彼女を呼び止める。
彼女は初めて私たちが此処へ辿り着いた日に迎え入れてくれた屋敷しもべ妖精で、住む者は他にいなかった。
『ブリオッシュとお茶をバスケットへ。天気も良いし、外へ出ましょう。』
スイミーは大きな目をキラキラとさせ、ささっと準備に取りかかった。
「ロザリア!スイミー!!僕見たんだ!この湖、妖精がいるよ!」
湖のほとりで飛び跳ねながら大興奮のハリー。
当然ながら彼は3年前のあの夜のことを何も知らない。
自分が魔法界一有名な少年であることも。
『あんまり騒ぐと逃げるわよ』
素っ気なく返し、スイミーとシートを広げているところへ不貞腐れた顔をしたハリーもこちらにやってきた。
小さな泥だらけの手を取って清め呪文をかけ、少し屈んで目の高さを合わせる。
『ハリー、時間は守りなさい。スイミーは何時までにと言ったの?』
「さんじ……ごめんなさいロザリア」
『次に守らなければ、おやつは抜きよ』
言いしなにぽんっと彼の両手にブリオッシュを乗せると、ハリーは口角を上げて大人しくシートの上へ腰を下ろした。
私はスイミーが淹れてくれたお茶を飲みながらほとりまで歩み寄り、午後の暖かい光を反射させている湖面を眺める。
あれから3年、私たちは世間から隠れる様にして生きてきた。
私が生存していることが世に知れてしまえば帝王の影をも証明しかねないし、そうでなくとも陣営…いや、魔法界中から質問や抗議の声が押し寄せてくるだろう。
ハリーを危険な目に合わせてしまうことになる。
しかしこちらとしても主と陣営に関する情報を集めたいのは確かだった。
十分に準備が出来るまで、それからハリーが成長するまで。こうして此処で密かにこの子を育てることにしたのだ。
唯一事情を知るスイミーが何でも動いてくれて、必要最低限の生活も不自由はないのだけど…
セブルスに、ずっと会えていない。
さすがの彼でもいい加減、私はもう死んだものと思っているに違いない。ただ彼が…今どこでどうしているのか、気がかりで仕方なかった。
会いたい。
ぼんやりしていると服の裾をくいくいと引っ張られるので目を落とせば、綺麗なエメラルドの瞳がじっとこちらを見ていた。
「ロザリアにも妖精が見えたの?」
一つ、自分に課しているルールがある。
"ハリーを可愛がらないこと。"
本当は、パンくずをくっつけたその柔らかい頬にキスしたいし、父親似の癖っ毛を思いっきり撫でてやりたい。
笑顔で、「あなたは皆に愛されているのよ」と言って……パパやママの話をしてあげたい。
けれど私は闇側の人間だ。
この子と別れることになるのも時間の問題だろうし、それは近い将来の話かもしれない。
そしていつの日か
この子が大きくなって、両親の末路を知った時
躊躇なく私に杖を向け
彼の心が傷つかずに
復讐を遂げられるように。
私の与えた愛情が
その枷となってしまわないように。