ロゼ ノワール
□The Dark Ages
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- 宵 闇 -
『着いたわ。』
あの後、そのままセブルスの手を引いてここまで引っ張り連れてきた。
やはり私たちの間に会話は無かったが、いつまでもあの場に立っている訳にもいかない。
ノクターン横丁の暗い路地を幾つか曲がったところの、狭い階段の中二階に辿り着いてようやく声を発してみる。
出来るだけ、何事も無かったように平然と。
"嫌なもの"を見てしまった彼の気分を少しでも変えてあげられるように。
ガチャン、と鍵を開けて中へ彼を招き入れると灯りを点けた。
決して広くはないけど、見渡す限りに世界各地から集められた薬草や魔法薬の調合材料が並べられ、さらに奥からは鳥が羽ばたくような音、奇妙な鳴き声、何かが燃える音、水槽の泡の音などが聞こえる。
「……ここは、一体」
流石の彼も驚いたようで、目を丸くしている。その様子に少しだけ安心した。
『"宵闇屋"へ、ようこそ!貴方が記念すべき最初のお客様よ。…といっても、正式なオープンは明日からなんだけど』
元々ハルフェティ家所有の土地だったこの物件を知り、父様に頼んで小さな店を構えさせてもらうことにしたのだ。
名家故、学校を出たからといって特に職につかなくても食べるには困らないのだけど…退屈凌ぎといったところだろうか。
ハルフェティ家は代々商人の家柄なので、世界中に物流のネットワークがある。普通より少し珍しい物を扱うことも可能というわけだ。
「…すごい……ドラゴンの心臓に、人魚の涙、ヒッポグリフの鉤爪……、あそこに居るのはアッシュワインダーじゃないか?」
秘密の宝物をこっそり見せている様な気分。
セブルスは棚の隅から隅まであれやこれやと夢中になって見ている。
『好きなだけ見てて。上が私の部屋になってるの、お茶を淹れてくるわ。』
ギシギシと木製の階段を軋ませながら2階へ上がると、まだ店頭に並べていない在庫分の植物やなんかが雑多に置かれているのを、人を通せる様に整理することにした。
しばらくしてセブルスは二階に上がってくるなり、そこにもまた珍しい物が並んでいるので再び足を止めている。
用意した紅茶を机に置いて、私は借りたばかりの本を開いた。
彼は時折立ったままお茶を口にしながら、熱心に薬草を観察している。
しばらくして気が済んだ様子の彼は満足げに私の隣に腰を下ろした。
「…素晴らしい品ぞろえだ。どれもその辺では手に入らない様な貴重種ばかり…さすがハルフェティ家だな。」
『研究に必要なときはいつでも来て。可能な限り、リクエストもお受けするわ。』
「覚えておこう。あとでリストを貰えるか?」
『ええ、勿論。
…ところで、セブルス。この中でどれが一番貴方のお気に召したかしら』
今日は長い一日だった。
本題を切り出すのに思いの外時間がかかってしまい今日という日も残り僅かとなってしまったけれど、なんとか日付が変わる前に伝えなくちゃ。
生まれてきてくれて、ありがとう。って。