ひゃくみラブ
□DIE HARD
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燃えるような赤
夕陽に照らされた"夢のお城"は、まるで
血塗られた城のように思えた。
非常階段の最上階に金を置いたとチャールズ氏は言っていた。まず先導してカール・トニー兄弟が進み、続いてハンス、私、その後ろにテオとエディ。他のメンバーは階下で待機している。
日は暮れかけていても閉園時間にはまだ早い。
この遊園地のシンボルとも言えるほど人気を誇るアトラクションなので正規のルートは観光客でひしめき合っていた。テオがハッキングでセキュリティを破りながら、私たちは関係者用の通路やエレベーターで最上を目指す。
上へ近づくにつれカールやテオは小躍りしそうなほど浮き足立ってるみたいだけど、私はどうにも落ち着かなかった。何だか嫌な予感がして…
狭いエレベーターの中でちらりと隣に立つハンスを伺ってみるが、彼は頑なに無表情とだんまりを決め込んでいて何を考えているのかはわからない。
どうか…無事に、帰れますように。
チン、とベルが鳴りエレベーターが止まった。
左右に割れたドアの向こうは暗闇で、非常用ベルの赤いライトだけが不気味に光っている。従業員でも最上階には滅多に立ち入らないのだろう。
カールとトニーが互いに合図を送り合いながらまず進み、私はハンスを少し下がらせエレベーターのドア口でハンドガンを構えた。
「大丈夫みたいだ、ちょっと来てくれ!」
暗闇の奥からトニーの声がこだまする。
「………。」
「…くそ…やられたな」
「……おいおいマジかよ頼むぜ…ったく」
突き当たりの壁に大きなジュラルミンケースが置いてあるまでは良いけど…大層な時限爆弾のおまけ付きだった。
恐らく、城が跡形も無くなってしまうであろうほどの規格。
その道に詳しい爆薬系チームは下で待機させているし、今からここへ呼ぶほどの時間は残されていないところまで、カウントダウンは迫っている。ガムテープでがんじがらめに取り付けられているのでケースだけ持ち去るのも難しいどころか、迂闊には触れられない。
『どうする?』
「テオ、どうだ」
「はあ〜、もう……わかったよ、死ぬ時ゃみんな一緒だ。やるしかないんだろ!」
ピッピッと小気味良く秒数を刻む音が反響する中、テオは額に汗を浮かべながら必死にPCのキーボードを叩き始める。その間トニーがテープを慎重に切り進め、ドライバーで蓋を外しカラフルな配線の束を取り出した。
「………よし、…ふぅ…それじゃあ、ショータイムだ。
トニー。プラグ1・オレンジ」
テオの指示を受けたトニーがパチンと線を切る。
全員が固唾を飲んで二人のやりとりを見守っている中、外の非常階段へ出るドアの向こうで物音がした。
アイコンタクトでカール、エディがそちらへ近づく。
私とハンスは反対側の壁に寄り再び銃を構えた。
「ナナコ」
『なに』
「…どこへでも好きな所へ行けるとしたら、どこがいい」
『………は?』
突然ハンスが小さな声で問う。
今、この状況で、その質問?
「金が手に入れば、どこでも好きな場所で好きに生きることができるんだぞ。…自由に。」
『!』
「お前の好きな所に連れてってやる」
不意に、
視界が滲み出した。
これだけ切迫した空気の中で
どうしてそんなに優しく、力強いことが言えるの。
死など少しも恐れてはいないけれど…
どこまでも
いつまでも
ずっと
あなたと一緒に居たいとだけ、願うよ。
『……あたたかいところがいい』
雪が降らないところ。
冷たいレンガの、無いところ。
故郷の景色はどうしても寂しくなってしまうから。
あなたに寂しい想いを…させてしまうから。
「……よし、わかった。
それじゃ南の島でバカンスといこうか」
ハンスはフッと口角を上げ、いつもの様に大きな手で私の頭を撫でた。
ドアの外でカールたちが銃撃戦を始めたようだ。
チャールズ氏の手下が裏から表から追随して来たのか、壁一枚向こうの正規ルート側でも観光客たちが騒ぎ出している。いよいよ長居はできなくなってきた。
「……さあて最後の一本ですよトニー坊や!!どうだ賭けてみるか?!」
「いいからさっさと言え!!」
「ああ言ってやるよ!よく聞け!!ファッキン・レッドだ!!!」
成功ならカウントダウンは止まる
失敗なら…
「この糞野郎おおおお!!!」
パチンっ
『……、』
「…………」
「は…、ハハハ…ゃった…やったぜ…!ヒャッホウ!!!」
ぐったりと壁に背を預けるトニー。
まるで応援している野球チームが優勝した時みたいに、狂喜乱舞のテオ。
「二人ともよくやったと言いたいところだが喜ぶにはまだ早い。テオ、車はルートAだったな」
「ああ!」
「トニー、兄貴とエディを呼んでこい」
「了解」
トニーは非常階段へ、テオはケースを持って一緒にエレベーターへ乗り込む。あとはみんなで敵の手を掻い潜りながらルートAの車へ急ぐだけ
任務はこれにて一件落着……の、はずだった。
「ジェーン!!ジェーンどこだあっ!返事をしてくれ!ジェーン!!」
仲間たちと合流し外に出てみると、ゲートへ向かって逃げ惑う人々で園内は混乱していた。突然城の中でドンパチと銃撃戦が繰り広げられたのだから、当然である。
普段ならこの混乱は私たちにとってラッキーなもの。
カモフラージュとして喧騒に紛れ、そのまま姿を消すことができるから…
しかし私は目にしてしまった。
縦横無尽に人々が流れる中で泣きながら我が子の名を叫び続ける父親の姿
あれは…赤い風船を持っていた、あの時の……
「ナナコ、何をぐずぐずしているんだ!早く…」
『ハンス、ごめん。先に行って』
「なっ、……どこへ行くんだナナコ!!!」
ハンスの静止も聞かずに、一人逆方向へ駆け出した。
再び城の中へ。
Schnee.U
今でも脳裏に浮かぶ、あの日の粉雪
Vへ続きます!