ひゃくみラブ

□ROBIN HOOD
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湯浴びの次に通された大広間では中央に鎮座する長いテーブルの端に湯気の立つ朝食が用意されていた。
促されるままに手を付けるが……自分は捕虜のはずでは?と、手厚い待遇ぶりに更に頭を悩ませるナナコであった。

それにしても。後ろに侍女が控えているとはいえこれだけの広い空間、たった一人での食事というのも味気がない。ナナコは食器の音だけ響かせながら無意識に辺りを見渡していた。

その時、何やら廊下が騒がしくなってきたと思いきや突如扉が開け放たれガヤガヤと男たちが入ってくる。その中にジョージの姿を見つけほっと胸を撫で下ろしていたのも束の間、ナナコが食事をしているすぐ目の前にドーーーン!と大きな音を立て牝鹿が一頭、横たえられた。


「は!この俺にかかれば鹿狩りも朝飯前というわけだ。」
「仕入れたばかりの矢を何本も駄目にしちまって…」
「なんの、ことだ、ガイ?」
「い、いや、何でも」

彼らのやりとりを前にナナコが思わず笑みをこぼすと二人の視線が絡み合った。ジョージはナナコの美しさに目を奪われ、彼女もまた彼から目を離せずにいる…誤魔化すように咳払いをしてジョージが声を荒げた。


「……貴様ら!いつまでボヤッとしているつもりだ!!さっさと出ろ!!お前たちもだ!」

些か乱暴に家来たちや侍女までもを追い払った後、ジョージは改めてナナコへ向き直る。

「10分で済ませろ。済んだら支度をして馬屋に来い」

一方的に命令して彼も出て行くと、広間にまた嵐が去った後の様な静寂が訪れた。




馬屋もまた広い。
敷地の広さ、財力はその者の権力を示す。悪名高い代官のことだ、余程の不貞を働いたのだろうがそれでもこの男は「腐っても"代官"」なのである。それだけの権力を持ち合わせていることは彼の所有物を見ても納得できた。

小屋の外には既に二頭の馬が用意されている。
一頭は彼の黒い愛馬、そして寄り添うように美しい白馬が並んでいた。
ナナコが白馬の頬を両手で包むようにさすっているところへ、相変わらず全身黒装束のジョージがやってくる。

「ついて来い」

そうして黒と白、二つの影が屋敷の門をくぐって出て行くのだった。





森の小道をゆっくり進む。
時折吹き抜けていく風や青空から注がれる木漏れ日がなんとも気持ち良い。
未だ行き先も告げられていないナナコは不審に思いながらも黙って付き添っていた。


「……お前は、異国から来たのか?」
『………』
「何のために」
『………』
「俺を怒らせるなよ、何とか言え!!』

癇癪持ちなのか、すぐに大声を出す。お陰で驚いた鳥たちがバサバサと羽ばたいて行ってしまった。
…けれどナナコは臆さない。
寧ろ彼女にはジョージという人間が少しずつ見えてきたように思えた。


『…………身の回りの世話を、ありがとう。けれど私の話を聞き出すためにしてくれているのなら不要よ。』

ジョージは舌を打つ。

『……あの…私たちは何処へ向かっているのかしら。』
「特に決めてないが」
『は?』
「なんだ、行きたいところでもあるのか?」
『…いや……べつに…』

(行きたいところを口にできるものなの…?)
この世界にそんな捕虜や奴隷が一体どこにいるだろうと動揺してしまうのだった。




程なくして二人は静かな湖畔に辿り着いた。馬たちを休めるために降りて木陰に繋ぐ。誰もおらず、涼しげで美しい湖だ。

ジョージはふと、新鮮な空気をめいいっぱいに吸い込みながら気持ち良さそうに体を伸ばすナナコに目を留めた。昨夜と同じように自分と二人で居るにも関わらず彼女からは一切の恐怖心も警戒心も感じられないからである。


「不思議な奴だなお前は。…俺が怖くないのか?」

彼の周りにそんな人間は滅多にいない。ましてや女などもってのほかだ。

彼女はやはり答えようとせず、また薄く微笑むだけであった。

出会ってからこれまで彼女についての情報は全く得られていないがそれでも一つだけ、ジョージには確信していることがある。



「………何故、死を恐れんのだ」




ナナコから微笑みが消えた。







つづく



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