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□いつものあの子
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朝の7時半にバスへ乗り込み、いつもの席に座る。

会社に着くまでの約50分間、俺は仕事内容を確認したり、家でやってきたものに不備がないかなどを確認する。バスの時間までもがルーティンワーク。決して楽ではない。むしろ、どんなときも仕事に追われて限界まで追い詰められるのが新人というものなのだろう。
とは言っても入社して2年、そろそろこれにも慣れてきたころだ。
そしてこのバスの時間が、最近楽しみになってきていることも事実。

バスは20分ほど走ると、大きな橋に差し掛かる。その橋に入る前の小さなバス停。俺は意識的に車内からそのバス停を見た。そして、ぱぁっと笑顔を作る。

よかった。今日もいた。

金髪翠眼。華奢な体に纏われている上質そうなスーツ。背筋をしゃんと伸ばして立っている彼は、いつもバス停の一番前に並んでバスを待っている。
俺は彼と目が合うと、全力で手を振った。彼は俺をそんな俺を見て笑うと、手を振り返してくれた。俺は信号で止まらなかったバスを恨んだが、今日も手を振り返してくれたことにえもいわれない嬉しさと達成感に頬を緩ませた。

つい3カ月前のこと。同じように書類に目を通し、外を見て目を休めようとしてバス停に目をやったのがきっかけだった。
そのときは信号でバスが止まっていて、辺りの景色を見るのにも充分なくらいの時間があった。だから、バス停を見たのも本当に偶然だったのだ。
そのとき、初めて彼と目が合った。
今も変わらない高そうなスーツにきれいな翠眼。整った顔立ちに特徴的な眉毛。俺の中で、何かが起こった。
なんだか視線を逸らしたくなかったので、軽く会釈をした。すると相手も俺に会釈を返し、にっと笑った。その瞬間、やられた。

それから毎日そこを通るときはバス停に目を向けるようにしている。いつしか意識しなくてもバス停が見えると外を向く癖がついてしまい、いつでも彼を見ることが出来るようになった。最初は会釈。だんだん表情をつけて、今では手を振り合う。会社に行くまでの、50分間の中のたった数秒。それが俺の唯一の至福の時間となっていた。

恋は盲目と言うが、本当にそうだ。まさか同じ性別の男を好きになるなんて、産まれたときから一瞬たりとも思ったことはなかった。それも一目惚れ。どうかしていると笑ってくれても良い。
俺は、名前も知らない彼に恋をしてしまったようだ。
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