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□片耳のピアス
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「死んで花実が咲くものか」。嫌な言葉である。
わたしは花実を咲かせるために生まれてきたのではない。両親の子作りの結果この世に誕生し生まれさせられたのである。
花が咲こうが散ろうが、実が成ろうが腐ろうが、わたしはどうでもいいのである。そんなもの勝手に咲いたり成ったりすればよい、わたし以外の人生で。
わたしはとにかく生き延びるのに必死で、気を抜けば死にたくなるから、いつだって気を張り詰めていなければならない。疲れる。
厭世主義者のわたしには、世を儚んでいるわけでもなければ青春を謳歌しているわけでもなく、ただ生きているだけの友人がいて、わたしはその友人のことがとても好きだった。
友人は未成年の頃から煙草を吸いお酒を飲んでいた。理由は特にないと、チューハイを片手にわたしに言った。細く煙を吐き出しながら夜に佇む姿は如何にもカッコイイ不良少女で、そういう風に生きられなかったわたしは鮮烈に彼女に憧れたが、彼女はわたしの憧憬など何ら気にすることなく、今日も煙草を吸っている。
この田舎で、二十歳になったばかりの若い娘が遊ぶところなんてなくて、寂れた公園で二人で並んで座りながら、わたしは一方的に彼女に喋りかけ続けた。最近学校行ってる? わたし行ってないよ、単位は全然取れてない、そういえば処方薬が変わったよ。云々。友人は時折曖昧な相槌を打つだけで、細い一重瞼で遠くを眺めていた。
「ねえ、ピアスの穴塞いじゃったの?」
確か友人は両耳合わせて五つのピアスホールが空いていた筈だが、今日になって見てみるとそれは一つになっていた。
友人はうん、と初めて声を発した。そうなんだ、なんで? 飽きちゃったの? ピアスいいよね、わたしも親が許してくれたら空けたいんだけど、あれって痛いのかな。云々。友人はまた黙って紫煙を燻らせた。
こうして二人で集まることは時々あって、大抵、夜になって希死念慮に襲われたわたしがSOSを出すように彼女に連絡するという形だ。彼女といると心地よかった。
「ちゃんと生きている」人間とか、「嫌々生きている」人間と違って、「ただ生きている」人間である彼女は、ある意味希少だと思う。毎日を何ら感慨なく享受して、しかしそれを放り投げたりしようとはせず、逃げ出しもしない、やはりわたしの羨望の先にいる。わたしも友人のようになりたいと思った。ちゃんと生きることも嫌々生きることもしたくなくて、ただ息を吸って吐いて生きてみたかった。ほんの少しの嗜好品とともに。
「ねえ、わたしもピアス空けようと思う。それどこで買ったの? 似合ってるね」
友人は煙草の先を携帯灰皿に押し付けてこちらを見た。それから忘れた、と言った。二本目の煙草を吸う気はないようだった。友人の、片耳のピアスが夜の街灯を反射している。ライトブルーの小さな石だった。
「あんたさあ」
珍しく友人から言葉を発したので、わたしは嬉しくてなに? と身を乗り出して返事をした。友人は切れ長の目を細めながら言った。
「ほんとは生きたいんでしょ?」
自分の片耳のライトブルーを弄りながらそう言った友人は、ふっと笑った。









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