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□その日その時
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リヴァイ
「…」

食堂の一角、一人食事を取る男の姿があった。

壁外調査を終え、帰還した者達はそれぞれの無事を確かめあい、喜び合っている。

食堂に集まるものの数は多いが、食事を取る者は以外に少ない。

親しい者、見知った者を無くした衝撃から、なのだろうか。

そんなことを考えながら、ハンジはその男の席を目指した。

歩いていると、ちらほらと聞こえる、声。

「あいつだよ…」

「ひとり生き残ったんだろ」

「仲間見殺しにして生き残ったんじゃね?」

「所詮、地下街だしな」

「こえー。俺あいつと組みたくないわ」

「死神」

「悪魔」

ハンジ
「…」

もちろん、それはリヴァイの事だろう。

壁外から帰るときに、分隊長であるエルヴィンの傍に居たための嫉妬もあるのかもしれない。

地下街出身というだけで、そういう言われ方をしてしまうのか。

過去、と今の違いに、どうして気が付けないのか。

半ばイライラしながら、ハンジは足早にそちらに向かった。



いつもながら、少ない具材のスープに焼きしめた硬いパン。

質素なそれを彼は口にしている。

ハンジ
「…」

以前なら、彼の傍には二人の姿があった。

ファーランと、イザベル。

三人はまるで兄弟のようにも見えたものだった。

それが、今。

彼のテーブルは6人掛けにもかかわらず、他に誰も座っていなかった。

ハンジは一呼吸して気を整えると、口を開いた。

ハンジ
「ああ!ここに居たんだ!」

できるだけ、明るくそう言って近づいた。

ハンジ
「疲れているところ悪いんだけど」

そう言って、彼の横に行き、テーブルに腰掛ける。

リヴァイはハンジにキツい目線を送った。

ハンジ
「巨人を倒した者はレポートを提出しなくてはいけなくてね。リヴァイ、字は書ける?」

リヴァイ
「…」

ハンジ
「巨人の特徴、まあ、身長とその特性、討伐の状況を書くものなんだけど」

リヴァイ
「…」

ハンジ
「1体に付き、1枚の提出になっていてね」

リヴァイ
「…うるせぇ。飯ぐらい静かに食わせろ」

リヴァイはハンジを無視しながら食事を続けていたが、止まりそうも無い気配に漸く口を挟んだ。

ハンジ
「ああ、申し訳なかった」

ハンジはリヴァイの隣に座りなおす。

食事を取ってきたモブリットは、ハンジの分をテーブルに置き、反対側の席に座った。

ハンジも食事を取り始める。

モブリット
「…」

モブリットは何とも不思議な光景だな、と思った。

地下街出身のリヴァイの方が、丁寧に食事を取っている。

一方ハンジはというと、ガツガツと音を立てながら一気に食べ物をかきこんでいた。

よほど腹が減っていたのだろうか。

そう思ってモブリットはため息をついた。



二人が食事を終えたのはほぼ同時だった。

ハンジ
「さて、さっきの続きなんだけど」

そう言ってハンジは二人分の食器をトレイごとテーブルの角に押しやると、そのテーブルに再び腰掛けた。

ハンジの声の大きさと、その行動の突飛さからか。

食堂に居る者の視線は、自然とハンジとその隣に座るリヴァイに向けられている。

ハンジ
「1体目の巨人は、20m級、奇行種、だね」

ハンジは書類にペンを走らせ始めた。

リヴァイ
「…」

ハンジ
「いやあ、見ていたけどイザベルとファーランもいい動きしていたよね。…ここに居ないのが、残念だけど」

リヴァイ
「…」

ハンジ
「もう少し二人と話してみたかったんだよね。立体起動のこととか、地下街のこととか。私達には無い視点があったと思うんだよ」

そんなことをいいながら、ハンジは書類の空欄を次々と埋めていく。

手と口がまるで違うことをしているのだ。

リヴァイ
「…」

リヴァイはふう、とため息をついた。

リヴァイ
「…変なやつだな」

とだけ言った。

モブリット
「よく言われてる」

ハンジ
「!なんでモブリットが言うの」

そんなやり取りを見ていてか、リヴァイの気配が緩んだような気がした。

ハンジ
「はい。こういった形で他の書類も埋めてくれればいいから」

そう言って、先ほど書いていたものをリヴァイに渡す。

ハンジ
「私が見たとおりに書いたけど、違うところがあったら言って」

リヴァイ
「…いや、これでいい」

それは描写もしっかりとしており、何しろイザベルとファーランが如何に重要だったか、を少々誇張して書いているようなものでもあったので。

ハンジ
「じゃあ、後何枚必要かな。1枚?2枚?」

リヴァイ
「それは、1回の戦闘につき、じゃ無えんだよな」

ハンジ
「そうだね。どちらかというと、巨人のデータ集計だから」

リヴァイ
「そうか…。じゃあ5枚だ」

ハンジ
「…リヴァイ。これでも紙は貴重なものだから、書き損じ分に備えてあげるわけには」

リヴァイ
「5枚だ」

ハンジ
「え…?」

リヴァイ
「5体、削いだ」

ハンジ
「!、それは、君一人で、かい?」

リヴァイ
「…ああ」

その声に周囲がざわつくのがわかった。

「5、とかありえねぇし」

「でも生き残ったのあいつだけなんだろ」

「実際どうたったのかなんて」

「上に行きたいからって嘘ついてんじゃねえの?」

ざわめきの声がハンジの耳にも伝わる。

きっと、彼にも伝わっているだろう。

ハンジ
「…」

バン、とハンジは大きく机を叩いた。

ハンジ
「ははっ、まさに人類最強ー!!」

血が滾るぅ!というハンジの声に、辺りは静まり返った。

リヴァイ
「あ?」

ハンジ
「だってそうだろう?あの巨人を一人で5体も!5体も倒したんだよ。しかも生き残っている!いままでにそんな奴見たこと無い!」

リヴァイ
「おい」

ハンジ
「今度一回実験に付き合ってよ、いや、演習かな。同じ状況を作って、いかにして巨人の…」

リヴァイ
「おい!」

ハンジ
「いや、これはもう君の行動をモデルとしてっ、ぐ!」

ガタン、と椅子の倒れる音がした。

見ると、リヴァイは立ち上がり、ハンジの胸倉を掴んでいる。

リヴァイの揺れた髪の隙間から、鋭い視線がハンジに向けられた。


リヴァイ
「…」



ハンジ
「…っ」



少し間をおいて、リヴァイはハンジから手を離した。




リヴァイ
「…それでも、あいつらは死んじまった」

搾り出すようにそう言うと、リヴァイはハンジから書類をむしりとり、食堂を後にした。






3日後、リヴァイは書類を持って、エルヴィンの部屋を訪れていた。

エルヴィン
「…ご苦労だった」

書類に目を簡単に通し、エルヴィンはふう、と息をついた。

エルヴィン
「そうだ。ハンジの事、どう思う?」

リヴァイ
「あ?」

エルヴィン
「ハンジ・ゾエだ。メガネをして、髪を結い上げているおしゃべりな」

リヴァイ
「…ああ」

思い出したようにしたリヴァイに、座るよう促すと、エルヴィンは部屋の脇にある給湯場へ向かう。

リヴァイ
「どう、とは」

リヴァイは近くのソファにどっかりと腰を掛けた。

エルヴィン
「書類を持って行かせたのも、騒ぎを起こさせたのも私だ」

リヴァイはじっとエルヴィンの後姿を見る。

エルヴィンは手馴れた様子で、カップやポットを動かしていた。

エルヴィン
「必要な行為だった。ハンジを恨まないでやってくれ」

くるり、と振り返ると、エルヴィンは手に茶器の乗った盆を持ち、こちらに向かってくる。

かちゃり、と小奇麗なカップがリヴァイの前に置かれた。

ふわり、と良い香りがした。

リヴァイ
「…」

ふ、と脳裏を過ぎるのは。

リヴァイは、ふう、と息をついた。

エルヴィン
「紅茶、というものだ。酒ではないよ」

リヴァイ
「知っている」

エルヴィン
「そうか」

取っ手を持つことがためらわれ、カップの淵を手で囲むように掴み、紅茶を口に運ぶ。

普段ならめったにこういったものに口をつけることは無い。

が。

懐かしさにつられてリヴァイがそれを口に含むと、香りが口の中に広がる。

温かさに気が緩んだ。



そういえば、と、ここ数日を振り返る。

確かに、あれからというもの、宿舎を歩いていても、食堂にいても、陰口をあからさまに叩かれる事は少なくなった気がする。

これにはハンジが食堂で絡んできたのと関係がある、とこの男はいっているのか、とエルヴィンを見た。

エルヴィン
「…人の口に戸は立てられぬものだ。それを利用したまで」

リヴァイ
「…ふん」

リヴァイはまた、紅茶を口に含む。

エルヴィン
「調査兵団には、象徴が必要なのだ」

リヴァイ
「…」

エルヴィン
「一回の遠征で6体の討伐。よくやってくれた」

エルヴィンもリヴァイの向かいのソファに腰掛けると、茶を飲み始めた。


エルヴィン
「…人類、最強」


リヴァイ
「…」


そうだ、確かにあの時ハンジはそう言っていた。

エルヴィン
「君の経歴と、その実績は人々の興味をそそる」


リヴァイ
(…茶の味がしねえ)

この男は、どこまで見えているのだろう。



エルヴィン
「君の翼は本物だと、私は信じている」



リヴァイは、ふう、とため息をついた。

リヴァイ
「必要なら好きにしろ」

エルヴィン
「そうか」

そう言ってエルヴィンは笑った。

リヴァイ
「他に用がねぇなら、戻る」

そう言って立ち上がったリヴァイのカップは、空になっていた。

エルヴィン
「ああ、そうだ」

そう言って、エルヴィンはひょい、と缶を投げてよこした。

リヴァイ
「…これは?」

エルヴィン
「君が今飲んだ紅茶の茶葉だ。入れ方はハンジにでも聞くといい」

リヴァイは、はっ、と笑いながら、それを受け取るとそのまま部屋を出た。






リヴァイ
「…使えねぇな」

ハンジ
「だって紅茶なんて高級品、飲んだことないし」

食堂の一角に、柔らかい香りが漂っていた。

ハンジ
「でも、茶葉をおすそ分けしたら喜んでくれただろう?」

リヴァイ
「俺のだがな」

結局のところ、ハンジに聞いても紅茶の入れ方など知らず、食堂のおばちゃんに入れてもらったのである。

ハンジは猫舌なのか、あち、あちと言いながら紅茶をすすっている。

リヴァイはそれを飽きれるように眺めながら、紅茶に口を付けた。

ハンジ
「けち臭いこと言うんじゃないよ。おばちゃんに優しくしといて損はない」

リヴァイ
「…ふん」

だがしかし、先程から紅茶の香りに混じって、何やら懐かしがりたくも無い懐かしい香りが漂ってくる。

リヴァイ
「…っつうか、くせえ」

ハンジ
「え?私かなぁ」

リヴァイ
「…お前、いつ風呂に入った?」

ハンジ
「壁外調査から帰った時だから、3日前かな?」

リヴァイ
「…あれから4日経つ」

ハンジ
「んじゃ、4日だ。ああ、着替えたのもそのころかな」

リヴァイ
「…」

ハンジ
「ん?」

リヴァイ
「さっさと風呂入って着替えて来い!」

ハンジ
「ええ!せめてこの紅茶を全部飲ませてよ!」

リヴァイ
「うるせぇ。茶なんぞいつでも飲ませてやるから、さっさと行け!!」

ハンジ
「でも、うわわわああ」



リヴァイは襟元のクラバットをするりと外すと、自分の口にマスクの様に巻き。

そのままハンジを担いで風呂場へ向かっていった。




end

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