Dream S
□その思いの名を
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○○○
「…」
その大きな墓石の前に、彼女の名前を見つけた。
壁外調査1週間前の事だ。
ベッドが壊れたから、と、たまたま空きがあった私の二段ベッドの上に移動してきた彼女。
気さくで、八重歯の可愛い子だった。
○○○
「…」
沢山の花束が置かれた墓石の前に、持ってきたひまわりの花束を置く。
ひまわりを選んだのは、その明るさが、彼女の様だなと思ったから。
彼女の遺体は、ここには無い。
ただ名前だけが、ここに刻まれている。
その名前に触れてみる。
ヒヤリ、と、石の冷たさが指に伝わってきた。
カサリ、と人の気配がして、そちらを振り返る。
と、そこにいたのはリヴァイ兵長だった。
○○○
「あ、すみません!」
退こうとすると、いい、と低い声が響き、彼は○○○の横に立った。
ぽん、と、投げるようにして、持っていた花束を墓石の前に置いた。
青い、小さな花束。
彼も、誰かのために持って来たのだろうか。
彼は私がしていたように、とある名前に手を添えた。
よく見ると、その2つの名前の所だけ色が濃くなっている。
随分前に、亡くなった兵士なのだろうか。
○○○
「ご友人、ですか?」
不謹慎だったかもしれない。
でも、彼は答えてくれた。
リヴァイ
「ああ…、いや、家族みたいなもんか」
家族。
その言葉か少し意外で。
○○○
「…兵長」
リヴァイ
「なんだ」
つい、考えていたことが口をついて出てしまった。
○○○
「…泣けないんです」
リヴァイ
「…」
○○○
「同じ部屋の子でした。一緒にいた期間は短くて、でも、話が合って」
○○○
「でもその子は私の目の前で、でも私は何も出来なくて、でも!、でも!!」
ぽすん、と。
私の頭に、大きな手が乗った。
大きくて、温かい手が。
途端に視界が歪み。
リヴァイ
「…」
ぽん、ぽん、と手が動くと、それに合わせて涙が零れた。
○○○
「…っ、う、ううう」
リヴァイ
「…泣けるじゃねえか」
そう言った声が、あまりにも、あまりにも優しくて。
私は大声で泣いてしまった。
リヴァイ
「落ち着いたか?」
どの位そうしていたのだろう。
兵長は私が落ち着くまで側に居てくれた。
○○○
「…はい。すみません、ハンカチまで」
リヴァイ
「いい、気にするな」
リヴァイは軽く息を吐くと、また墓石を見つめた。
○○○
「…」
私よりも、長く、多くの戦歴を持つ彼は。
この人は一体、どれだけ多くの悲しみを抱えているのだろう。
リヴァイ
「…お前、名は」
○○○
「!、○○○、です」
敬礼をしながらそう名乗ると、崩すように言われて。
リヴァイ
「○○○、今日はもう休め」
○○○
「…あの、兵長は」
リヴァイ
「ん?」
○○○
「…っ、この後、どうされるんですか?」
辛く無いのかと聞こうとして、やめた。辛くないはずは無いのだから。
リヴァイ
「?」
○○○
「いえ、あの、これのお礼を…」
と言って、ハンカチを見せる。
リヴァイ
「気にするな、と言った筈だ。それとも…」
○○○
「!」
リヴァイ
「…誘ってるのか」
○○○
「い、いえ、そんな!」
リヴァイ
「…」
○○○
「あの、本当に純粋にお礼をですね」
リヴァイ
「…ふっ」
彼が笑って漸く、○○○はからかわれていたことに気がついた。
○○○
「…人が悪いです」
リヴァイ
「俺はもともと悪党だ」
そう言って面白がるリヴァイは、戦場でも演習でも見る彼とは様子が違って。
○○○
「…?」
とくん、と胸を打つこの気持ちは何だろう。
リヴァイ
「俺は、もう少しここに居る」
○○○
「…ご家族、でしたか」
リヴァイ
「の、ようなもの、だ」
○○○
「はい…」
ひゅう、と風が青い草の香りを運んで来る。
リヴァイ
「…初めての壁外の時、こいつらを亡くした」
○○○
「!」
リヴァイ
「こいつらの体は、壁の向こうにある」
リヴァイはふっと空を見上げた。
リヴァイ
「…俺は少し、それが羨ましい」
鳴き始めた蝉の声が響く。
じんわりと背中に汗をかいた。
○○○
「へい、ちょ」
リヴァイ
「…変な事を言ったな。もう戻れ」
○○○
「…はい」
○○○はその場を後にした。
少し離れた所で振り返ると、兵長はまだじっと墓石の前で佇んでいる。
○○○はハンカチを握りしめ、また歩き出した。
確か、兵長はお茶が好きだと聞いた気がする。
買える場所を探さなくては、と思いながら。
end