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□煉獄 杏寿郎
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「サキちゃん、杏寿郎を頼みますね」

瑠火様から掛けられた一言で頭が真っ白になる。
何を言われたのか、理解することを頭が拒んでいた。
決められたのは私と千寿郎ではない。
私と杏寿郎さんだった。

気付くべきだった、どうして煉獄家へと訪れた時に私はずっと杏寿郎さんの隣にいるように言われていたのか。
千寿郎がいつものように私のところへと駆け寄り手を繋ごうとしていたのを、慎寿郎様がお止めになったのかを。

千寿郎の顔を見ると青くなっていて、見ていて泣きそうになる。
この話を嫌だと言える力なんて私と千寿郎にはない。
膝に置いた手はふるふると震えていて、横から伸びてきた杏寿郎さんの手によって握りしめられる。

「大丈夫だ、何も問題はない。
俺とサキの父上や母上みたいに素敵な夫婦になろう。
幸せにすると誓う」

気が早いぞ、なんて大人が盛り上がっている中、私と千寿郎だけがこの話を何も喜んでなどいなかった。

「千寿郎!」
「は、はいっ、兄上」
「千寿郎も、この話を喜んでくれるか?」

なんて酷い質問なのだろう。
限界まで我慢していただろう千寿郎はその言葉にポロポロと涙を流しながら、弱々しく返事をした。

「…はい」
「泣くほど喜んでくれるのか!」
「…」

まるでこの世界では私達だけが除け者にされている。
たまらずそう感じてしまって、遂には私の目からも涙が零れ落ちていく。
どうして誰も気付いてくれないのだろう。
父と母もなぜ私の言葉を覚えてくれていなかったのだろう。
大きくなったら千寿郎と結婚すると言っていた言葉を、なぜ。

混乱してしまった私を落ち着かせてきます、と手を引いてその場から離れ、連れて行かれた場所は杏寿郎さんの部屋だった。
いつもと同じように横向きで足の上へと座らされ、抱きしめながら涙を拭われる。

「ああ、泣いているサキも一等可愛いな」

額、瞼、頬に落とされていく優しい口付け。
違う、私はこれを千寿郎にしてもらいたかった。
せめてもの抵抗として両手で顔を隠すも私の両手を最も簡単に片手で拘束し、まだ足りないと言わんばかりに口付けを降らせてくる。

「早く大きくなってくれ、サキ」

愛いなあ、と何度も何度も言いながら身体中を撫でられる感覚にまた涙が溢れ出した。

千寿郎、千寿郎。
私を向かえに来て、手を離さないで。
私はあなたのお嫁さんになりたいの。

心の中で溢れ出てくる言葉が口から飛び出てくれないのは、きっと杏寿郎さんが口付けと共に食べてしまってるからだ。
そう考えないと、責任を押し付けてしまわないと、心が壊れてしまいそうだった。



「何やら美味しそうなものを食べてるな!」

ひょこりと顔を出して大声で話しかけられたことに、私と千寿郎はびくりと肩を跳ねさせて声の元へと顔を向ける。
任務明けで帰ってきたのだろう。

「…杏寿郎さん、お帰りなさい」
「ああ、ただいま!帰ってきてサキの顔を見れるのは嬉しいものだな」
「えっと…ありがとうございます」

私の隣へと腰掛け、優しげな手付きで頬を撫でられる。
千寿郎は何も言わない。何も言えないのだ。

「杏寿郎さんも、お食べになられますか」
「いや、サキとの時間が欲しい。部屋に行こう」
「…はい」

膝の上に乗せていた木箱を千寿郎へと手渡すも、視線が合わない。
泣いてほしくない。そう思いながら、どうか見えてませんようにと願い、木箱の陰から千寿郎の手を一瞬だけ握る。
はっとかち合った視線に笑って頷けば少し笑顔になってくれた。
千寿郎の中にはまだ私がいて、私の中にも変わらず千寿郎がいる。
それだけが、とても嬉しいのだ。

ゆっくりと立ち上がり優しく手を引いてくれる杏寿郎さんの隣を歩いて行く。
杏寿郎さんの部屋が近付くにつれて、手を握っている力がだんだんと強くなってきている気がした。
どんな顔をしているのだろう、あの時のように赤く光る目に見られてしまったら泣き出してしまうかもしれない。

部屋に着くといつもの様に胡座の上に横向きで座らされるかと思っていたそれは、何故か向かい合って座らされてしまう。
視線を逸らそうと俯けばすぐに両頬を掴まれて視線が合う様に上へと向けられる。
口元は笑っているものの、この目は笑っていない、怒りを孕んでいる様に感じてしまった。
早くなる鼓動の音がとても煩い、杏寿郎さんの耳に届いてしまっているのではないだろうか。
どれだけの時間をこうして見つめ合っていたのだろう。
ふいに杏寿郎さんが口を開いた。

「君は俺の妻になる」

知っている。けれど、それがどうしたのだろう。
何故いま確認をするかのように言うのだろうか。

「だというのに、俺が任務でいない間に千寿郎と2人の時間を作るとはなぁ」
「え、…っ」
「いけない子には仕置きが必要だと思わないか?」

知られている、何もかも。
細められた目はとても楽しそうに私を見ている。
怒っているはずなのに、どうしてそんなに楽しそうなのだろうか。
怖い、あの時と同じ目だ。
触れられている所が熱いのか冷たいのか分からない。
手を離してほしいと堪らなくそう思ってしまう。
ビクともしないと分かっていながら、掴んでいる手を退かそうと必死で引っ張ってみるもののやはり離れる気配はない。

「よもや、俺から逃げるつもりか?」
「ごめ、なさっ…」
「何の謝罪なのかよく分からないな」

胸をトンと押されて後ろへと倒れ込む。背中から全身に伝えられた衝撃で、一瞬呼吸ができなくなり咳き込んでしまう。
気付けば上へと覆い被さる杏寿郎さんが、私の両腕を離すまいと拘束していた。
どうなるのだろう、もう逃げられないのだろうか。
じわりと滲む視界がとても気持ち悪い。

「千寿郎!!」

途端に驚くほど大きな声で千寿郎を呼び出した杏寿郎さん。
え、なに、何をするの。遠くからパタパタと足音が聞こえる。来ないで、お願いだからこれを見ないで。ハクハクと空気しか出てこない口を、杏寿郎さんの口で塞がれる。

「んぅ、っ、ん!」

「失礼します、兄、うえ…」

開かれた襖の向こうに千寿郎がいる。横目で見ると口を吸われている私を見て、ガタガタと震えている。

「っはぁ…来たか!すまないが、しばらくサキと過ごすから良いと言うまでは近付かないでくれ」
「せ…ん、じゅろっ、行かないでっ!」
「…サキ、」
「サキ、大丈夫だ、大丈夫。落ち着こうなぁ」

びくともしないと分かっていながら、バタバタと手足を動かして大きな身体の下から逃れようと暴れる。

「千寿郎、分かったな?」
「は、い」
「待っ、ん!〜〜〜〜っ!」

再び重ねられた唇にいやだいやだと頭を振りながら抵抗するも、片手で抑えられた両頬はとても力強い。
待って、お願い行かないで、私が好きなのは千寿郎だけなの。
ボロボロと出てくる涙でぼやけた視界が捉えたのは、襖を閉めて部屋から離れていく千寿郎だった。

離れたお互いの口から伸びる透明の糸。
ちゅる、とわざとらしく音を立てながら私の口元までゆっくりとした動作で吸いにくる。
激しい口吸いのせいで呼吸がうまくできなかった。
そのせいで未だ苦しく上下に動いている胸を、私の体の上に跨りながら起き上がって優しく撫でていく。

「サキが千寿郎を好いているのはとうに知っていた」

紡ぎ出された言葉に驚きで目が見開く。
知っていた、なら何故私との関係を断らなかったのだろう。

「どうし、て」
「どうして?可笑しなことを聞くのだな。
サキが欲しかった以外に理由は必要か?」
「わ、たしはっ!物じゃないです!」

はあはあ、と呼吸が乱れてしまうほど大きな声が出た。

「ひっ、うぅ…千寿郎、!せん、じゅろぉ…」
「…まだ千寿郎の名前を呼ぶのか」
「あ、」

バチン。
一瞬チカッと目の前が光った。
真っ白になっていたのが段々鮮明になる視界と、頬に走る痛みで数秒遅れてから理解し始める。
頬を張られたのだ。
絡繰にでもなってしまったようにギシギシと音の鳴る首を動かして馬乗りで見下ろしている人を見る。

「俺がサキを手に入れるのに、どれほど苦労したと思っている?父と母にお願いしても千寿郎の方が歳が近いからと何度断られたか…。歳など関係ないだろう…、世の中には親ほど歳が離れていようが、婚姻を結ぶこともあるというのに。初めてサキを見た時に決めたんだ、絶対にこの小さな手を守ろうと。…ああ、叩いてしまってすまない。痛かっただろう。もうして欲しくなければ聞き分けてくれ。サキを愛してるんだ。そうだ、やっと許嫁として許していただけることになったのは、サキの両親のお陰だ。俺が、この俺が君をずっと見てきたんだものなぁ、千寿郎ではなく俺が。俺になら任せると言って、俺の父と母に口添えをしてくれたのだ。命尽きる日まで感謝せねばなるまい。…子はたくさん作ろうな。俺とサキの子なら一等可愛い子がたくさん生まれる。だから、サキ、」

しゅるり、手を伸ばされ解かれていく帯に、ひゅっと息が詰まる。
嫌だと言えば、この手を制止すれば、また張られてしまうのかと思うと、何もできない身体はただ震えるだけで。
ゆっくりとはだけさせていく手付きにまだ未成熟な身体が冷んやりとした空気に晒された。

顎下から鎖骨、控えめで小さな谷間、鳩尾、腹、そして下腹部。
指先でツツとなぞられて、下腹部で止まる。

「…まだ小さな身体だものなぁ。早く暴いてやりたいが、俺は幾らでも待とう」


ーーー早く大きくなってくれ、サキ。



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