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□煉獄 杏寿郎
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「美味しい」
「お買い物に行ったら、美味しいよってお勧めされたの」
「俺だけ頂いてもいいのかな」
「私が千寿郎と食べたかったんだよ」

そう言うと、少し困ったように下がり気味の眉をもっと下げて微笑んでいる。
ごめんなさい、そう心の中で謝ることしかできない私を許して欲しい。


千寿郎とは幼馴染みである。
一つ上の私は、煉獄家へと遊びに来た際に歳の近い千寿郎とよく遊んでいた。
本を読むことがお互いに好きで、たまに散歩に出掛けたり、兄の杏寿郎さんとの鍛錬の様子をよく見ていたりもした。
互いが次男と次女ということもあり、縛られるようなこともない為に好きに二人の時間を過ごすことも多かった私達はいつの間にか惹かれあっていた。

「…俺が、サキを幸せにできるように頑張るから」

そう言って握りしめてくれた手は少し震えていたけれど、それでも力強い目で見つめてくれたことを私は一生忘れない。
当たり前のように、きっと私は千寿郎のお嫁さんになれるのだと信じていたし、大きくなれば良い二人になれるように頑張ろうと誓い合ったりもした。
いつかは、瑠火様や慎寿郎様のような素敵な夫婦になりたいと、そう思っていた。



「あ、こんにちは、…千寿郎は一緒ではないのですか?」
「ああ、すまない。学校に行っている」

叩かれた扉に気付き、玄関まで小走りで行けばそこには杏寿郎さんが来ていた。
遊びに来たと行ってお土産を渡されるも、そこに千寿郎の姿がなかったことに少し寂しく思った。
学校に行っているなら仕方のないことだし、寂しいと言ったところで学校に行かないということなど出来はしないからだ。
玄関で立ったままというのも失礼になるからと中へと案内し、居間に腰を下ろした杏寿郎さんを見てから厨へとお茶を用意しに行く。

姉が病で亡くなってから、私が寂しくなっていないか、元気をなくしてはいないかと心配して来てくれるようになった。
お婆ちゃんになるまで仲の良い姉妹でいるのが当たり前だと思っていたが、まさか病でこんなに早く一人になってしまうなど誰が想像できただろうか。
幸いと取るべきか、私は至って健康的で風邪も引くことなどあまりない。
杏寿郎さんも鬼殺隊に入るべくお忙しいと思うのに、私が子供な為に迷惑ばかり掛けてしまっている。

「すみません、今日は父と母がいませんので今は私一人なのです」

用意をし終えたお茶を手に居間へと戻り、机の上に置きながらそう告げると気にするなと笑顔で返してくれる。
小さな頃からとても面倒見が良く、頼りになるお兄さんは今でも変わらない。
優しい、と思う反面たまに怖く思ったりもする。

「サキ、おいで」

そうなると分かっていながら、いつも通りお茶を向かいになるように並べ終えたところで手招きをされる。
私から見たら大きく逞しい手がトントン示している場所は、胡座をかいている杏寿郎さんの太腿だ。
年齢的にはまだ子供とはいえ、歳を重ねる毎に大人に近付く私にはもう恥ずかしいことである。

「あの…、もう私も重くなってきてるので…」
「そんなことはない。サキよりも重い千寿郎でもまだ軽すぎるぐらいだ」

さらりと躱されてしまった。
どう拒否しようかと考えていると、スッとこちらへ近付き身体を持ち上げられ横向きに座らされてしまう。
まだまだ軽すぎるな、と零れ出た一言に何も言えないまま腕の中のお盆を抱きしめる。
千寿郎とは違う大きな身体、逞しい腕、声変わりした低い声、それらが私達とは違うずっと先を進んでいる大人でしかなくて。
大好きな千寿郎ともこんなに近くにいた事もない為に、どうしたら良いのか分からない。
近所のお兄さんとはこうも距離感が近いものなのだろうか。

「あっ、」
「盆があっては邪魔になってしまう」

取り上げられたお盆は机の上に置かれてしまう。
すうっと寂しくなった胸元に握りしめた手を寄せると、頬をするりと撫でられた後にまるで大切なものを扱うかのように優しく抱きしめられる。

「愛いなぁ、サキは」
「…」
「一つずつ歳を重ねるごとに可愛く、そして綺麗になっていく」

思えばこの時にはもう、私が進むべき道が決められていたのだ。

よく分からない戯れは玄関の開く音により終わりを告げた。
父と母の声が聞こえ、お迎えをしに行く為に抱きしめられていた腕が離れていく。
手を取られながら向かえば、今日も私の面倒を見ていてくれてありがとう、と杏寿郎さんに感謝の言葉を述べている。

「大切な子なので」

そう一言、父と母に向かって言った。意味があまり分からなかった。
それでも父と母は嬉しそうにしていたので、意味などなく普通のことなのだろうと思ってしまったのだ。
そうして、入れ替わるようにして帰って行く杏寿郎さんの背中を見ていると、ふと振り返った時の目が赤く光っているように見えて背筋が震える。

今とても、千寿郎に会いたい。

それからも変わらず似たような毎日を過ごした。
学校がない日は千寿郎と共に過ごし、手を繋ぐだけだった関係は2年の歳月を経て抱きしめてもらえるようになった。
杏寿郎の時とは違ったそれは、高鳴る胸と愛しさに溢れている。

「…サキ、好きだよ」
「私も…千寿郎が好き」

近々両家が集まるという話をお互いに聞き、用意されている物や話の節々から許嫁を決めることは明白だ。
きっと私達のことだと、嬉しさが込み上げてきて約束をした。許嫁の話が決まれば、誓い合った場所で口付けをしようと。


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