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□企画夢
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「ねえ、怖いんだけど…」
「そんな事言われても俺にどうしろって言うんだよぉ…」

それこそ私もどうしたら良いのか分からないのだけれど。
その言葉を飲み込んだ代わりに溜息を吐いた。
どうしてこうなってしまったんだろうなぁ…。



「長倉!」
「あ、煉獄先生…」
「聞くが、もうすぐばれんたいんでーという日だな!」

何を当たり前のことを言ってるのだろうかと考えてしまい一瞬言葉に詰まったものの、はいそうですねと当たり障りない返事をした。
腕を組み、自信満々な笑顔で、全てにおいて整っている人に見下されるというのは、少しどころか結構恥ずかしい。
キラキラとしている目が何かを訴えかけているけれど、生憎私にはそれらを読み解く頭ではないので申し訳無さが募っていく。
そろそろ授業が始まるのではと思い、し、失礼します、と吃りながらその場を後にしてしまった。
煉獄先生が後ろでどんな表情をして立っていたのか、振り返らなかった私には分からないままである。
思えばこの時の返事をもう少しちゃんと返せていたら、あんなにややこしいことにはならなかったのだろうかと、今更ながらに思う。



「長倉!おはよう!」
「おはようございます」
「そういえば、甘いものは好きか?俺も好きなのだが、」

最初にバレンタインデーのことを聞かれてから、こう、なんていうか…、甘い物の話題が多くなった気がする。
私の考えが外れていなければ、きっとそういうことなのだろうと思うのだが、それにしてはあからさま過ぎるのではないだろうか。
いいや、もしかしてこっちの考えの方が合っているのだろうか?

「煉獄先生、聞きたいんですけど…」
「なんだ!君になら何でも答えるぞ?」

ああ、笑顔が眩しい。これは聞いていいことなのだろうかと今更ながらに躊躇してしまう私を許して欲しい。
ん?と首を傾げる姿は、こういっては何だが少しあざとさも含まれているのではないだろうか。

「あの…、勘違いだったら申し訳ないのですが、もしかして先生方の間で競ってたりするんですか?」
「何をだ?」
「バレンタインデーに誰が一番チョコを貰えるか、です」

あまりよろしくない質問だと思いつつ、もしそれが原因で詰め寄ってきているのであれば、渡すことは渡すから早く解放して欲しいと思ってしまったのも事実で。
恐る恐る先生を見上げると、驚いた顔で固まっており、いつもより大きく見開かれた目が心做しか揺れていて少し顔色も悪いように思えた。

「せ、せんせ、い?」
「…、あ、いや…そんな競い合いはしていない!断じてだ!」
「へ、あ…それは、すみませんでした」

がしりと掴まれた肩は力加減などなくて少し痛むものの、切迫したような表情でこちらを見ている先生の顔が近すぎたせいで、離してくださいとは言い辛い雰囲気になってしまった。
ただチョコが欲しいだけだと言うのであれば、本当に失礼な質問をしてしまったと思う。
当日が明日に迫っているものの、これは義理でも渡すしかないと固く決意する。

「ちゃんと後片付けだけはしなさいよー」
「分かってるよ、あんまりうるさくならないように気をつけるね」

おやすみなさい、と既に眠たそうな親を見送ってからキッチンへと入る。
ズラリと並べられたお菓子の材料を見て、これは完成させられるのだろうか?と悩む。
朝までには何とかなるだろうけどきっと寝られないなぁ。

「よし、頑張るか」



「うわぁ…」

寝不足のまま辿り着いた学校は最早修羅場なのではないかと思うぐらいひどい状況だった。

黄色い歓声。
あちこちに出来上がっている人集り。
外だというのに充満している甘い匂い。

そしてたくさんの人が持っている綺麗にラッピングされた、今日のためだけにある甘い気持ちが詰まった甘い甘い箱たち。

すごいなぁ、なんて他人事のようにそれらを見ながら校門を過ぎ正面玄関へと向かう途中、まるで寒さなど無かったかのように熱気に満ち満ちている人集りが見えた。

「すまない!今日はどうしても貰えないんだ!」
「えー、どうしてですか!?」

大きな声を聞いて、やっとこの人集りは煉獄先生が囲まれているのだということに気付いた。
そして毎年受け取っていることで有名だったにも関わらず、断っているということに驚いてしまってふと足を止める。
何が起こっているのだろう、ついガン見をしてしまった。
その瞬間パチリと合った視線に思わず肩が跳ね上がる。

「今年からは、ただ一人からしかもう受け取らないのだと決めたんだ」

え。
決して大きな声ではなかったはずのその一言が、やけに大きく耳に届いたと思う。
その一言は私の耳から入り込んで鼓膜へと響き、全身を駆け巡る血と共にのたうち回って頭の中を支配していく。
何で、一体どういうことなのだろう。

「彼女ができたの!?」
「やだぁー!先生は皆の先生でしょ!!」
「俺は一人しかいないぞ!だから一人のための俺だ」

さあ授業が始まる前に教室に行きなさい、と群がっている女生徒達の背を押しながら下駄箱へと誘導している。
彼女がいるのかと問われた先生はそれに関してきちんと解答をしなかった。どちらなのだろう。気になっているわけではないが、先生の今までの言動を読み解いて、間に合うように用意したチョコが無駄になるのだけは避けたかった。
最悪全て善逸行きでも良いのだけれど、それはそれで癪に触るというもので。
ふいに合ってしまった視線を思い出してむず痒くなる気持ちを抑えながら踏み出した足は、目の前にかかった影により止められてしまう。

「おはよう、長倉」
「あ、おはよう、ございます」
「どうした?元気がないな」
「あー…、ちょっと徹夜で友チョコと義理チョコ作ったので寝不足なだけ…、え」

すり、と目元を擦られた感覚にびくりと肩が跳ねる。

「確かに少し隈ができているなぁ」
「まぁ…寝不足なので」
「友チョコと義理チョコだけなのか?」
「へ?」
「作ったのはそれだけなのか?」

視線が突き刺さり身体が動いてくれない。
これは、一体どういう状況だというのだろう。
返事に困っていると、後ろから煉獄先生と呼ぶ女生徒の声にパッと手が離れていきいつもの表情に戻った。
今だと思い走って下駄箱へと向かって急いで指定の履物へと履き替える。
また囲まれているのだろうとチラリと先生のいる方へと視線を向ければまた目が合った。そして先程見たように、指を交差させてバツを示していたからまたチョコを断ったのだろう。
私の知ったことかと小走りで向かった自分の教室は、案の定煉獄先生に彼女が出来たのではないかということと、チョコを受け取ってもらえなかったことでざわざわしていた。



「あれ、善逸帰らないの?」
「…お前忘れてんだろ」
「ん…?あぁ、はい。義理チョコ」
「お前ね!義理ってつけないでくれる!?」
「いや、義理だもん…」

それじゃあね、と容赦なく襲いかかってくる眠気にどうか家までもってくれと願いながら足早に教室を後にする。

廊下や階段では未だチョコを渡すための人集りが出来ていて、こういっては何だがとてつもなく邪魔だった。
回りに回って下駄箱までの道のりを歩いていると、先に辿り着いてしまったのは教職員と来賓用の下駄箱。

スクールバッグの中に入っている最後のチョコを思い出して取り出す。
きっと間違ってなければチョコが欲しいと言葉に含ませていた。でも誰のものも受け取らなかった。
うんうん唸りながらも、無記名で誰のものか分からないであろうソレを煉獄というネームプレートがついた場所に無理矢理押し込んだ。
パタリと閉じたのを見届け、これで今日の任務は完了だとるんるん気分で帰る。



「ねえ、一緒に帰ろうよ…善逸と私の仲じゃん」
「マジで俺を巻き込むのやめてくれる?」
「…チョコあげたじゃん!」
「それとこれとは別問題!じゃあね!」

え、置いてかれた…ひどくない?
せめて下駄箱、校門を出るまで一緒に居てくれるだけでいいのに、と項垂れながら一人寂しく下駄箱へと向かう。
数日前のあの日と同じように少し遠回りをしながら下駄箱へと向かうのには理由があった。

「サキ」

目的の場所へと辿り着きいて靴を履けば、後ろから掛けられた声にびくりとする。
歩み寄ってくる音を聞きながら、これは振り向くべきかと思案したものの既に遅かったらしい。
肩に置かれた両手、するするその片方が私の首を撫で、耳の後ろをするりと指が這う。
ゆっくりと頭だけ後ろへと動かせば、傾いた太陽が映り込んでいるからなのかよく分からないが、赤く燃えるような目をした先生が微笑みながら私を見ている。

「卒業が楽しみだなぁ」

義理として渡したチョコは、先生の中で本命と捉えられてしまったらしい。
卒業後、私は逃げられるのだろうか。
そんなことを考えて何も返すことができないまま、とても嬉しそうに笑いながら頬を撫で始めた先生から離れることができなかった。


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