******

□企画夢
7ページ/8ページ



きゃあきゃあ、と自身に集まっている女の子達を見て少し心苦しくなる。
こんな筈ではなかったのになと思いながら、一緒に写真を撮って欲しいと言われればそれに快く応えてしまうし、一緒にご飯を食べる人も増えたことが嬉しく感じてしまう自分に少し呆れてしまう。
ふと視界の端に入った一人の視線。
ただただ意味がわからなくて何も返すことはないし出来ないのだけれど。
どうしてそんな風に見ているのだろうと、心の中がずっともやもやとしていた。



「バレンタインチョコです、あの…受け取ってもらえますか?」

差し出したのは可愛くラッピングしたチョコ。
作り始めた時から色んなことを考えた。
受け取ってもらえるだろうか。
受け取ってもらえたなら私は対象として見てもらえるだろうか。
断られたりするのだろうが。

何も反応がないことにどうしたのだろうと思い、下げていた頭を上げれば、眉間に皺を寄せながらこちらを見下ろしている煉獄先生。
少し待って欲しい。この反応は想定外だった。
ひやりとしたものが背筋を伝い、全身から血の気が引いていく。

「長倉、これは校則違反だと分かっているのか?」
「…はい、わかっています」

これはお説教タイムだ…。ここまで怒られてしまうとは思いもしなかった。
受け取って貰えなさそうだと判断して手を下げると、まだまだそれは続いた。

「はあ…」
「煉獄先生、あの、ご…ごめんなさ、」
「君には呆れた」
「え、」

すたすたと歩いて去っていくその後ろ姿に何も言えないまま呆然と立ち尽くす。
謝罪も最後まで聞いてもらえなかった。
掛けられた言葉は何と言っただろうか。
呆れた、そうか私は呆れられたのか。
ボタボタと零れ落ちた涙は、地面に吸い込まれていって黒いシミを残していた。



「それにしても思い切ったなぁ」

そう言って短くなった髪の毛をサラリと指で掬っては落としていく炭治郎に、スッキリしたと笑って返せば喜んでくれる。
スッキリしたのは本当だ。あれから先生とは普通に挨拶して普通の生徒として接することが出来るようになっている。

しかしながら、変わってしまったこともいくつかあるわけで。
1つ目は同性の友達がめちゃくちゃ増えたこと。素直に嬉しい。
2つ目は悩みのタネではあるものの、同性から告白されることが多くなったこと。
これに関しては、私はその手の人ではないからお断りするしかないのだけれども、そのお断りをするのが毎回心苦しい。
そして3つ目。何故か仲良くなった人達は煉獄先生を敵視しているらしい。そのお陰からか一人で考える時間が出来て何とか乗り越えることが出来たのだけれど…。
喧嘩はしないでほしいなぁって呟いたら、モテる女は辛いですねって恨みがましい目で善逸に睨まれてしまった。
そういう意味でいった訳じゃないんだけどな。


数日経ったある日、もう何度目か分からない呼び出しと告白をされた。
いつも通りお断りをしているものの、今回は中々折れてくれないらしいその子は学年がひとつ下で。
思った以上に押せ押せで来るタイプらしく、この場を切り抜けるにはもうOKするしかないのだろうか。
モヤモヤとした気持ちに嘘をついてもいいのだろうか。

「うーん…、えっと、」
「もう最終下校時間は過ぎているぞ!」

え、と声のする方に顔を向ければ、そこには煉獄先生が立っていた。
久しぶりにこんなに近くで見る気がする。
ごめんなさい、とパタパタ走っていった子を呆然と見送ると、こちらを見ている視線が気になりチラリと煉獄先生を見る。

「切ったのか」
「え?」
「髪の毛だ」

ああ、と思いながら短くなった髪を自分で触る。軽くなったそれがサラサラと揺れる様は、無造作に伸ばしていた時とは違い少しキレイなのかもしれないと思ってしまった。我ながら恥ずかしいものである。

「長倉、少し話が、」
「何やってんですか!煉獄先生!」
「むう、また君たちか…」
「当たり前でしょう!大体ですね…!」

ぞろぞろとやってきたのは、バレンタイデー後に仲良くなった人達だ。
煉獄先生を囲んでぽかすか叩いてる人もいれば、指を向けて怒鳴り散らしてる人もいる。
私の側に来た人は皆で一緒に帰ろうと背中を押してくれて、煉獄先生と久しぶりに話せるのが少し怖かったのかは分からないがホッとした気持ちを隠すように、うん、と返事をしてついていく。
私が帰ることにより取り囲んでいた人達も、煉獄先生を解放したようでこちらへと合流してきた。
ふと一人になったであろう煉獄先生を振り返って見てみると、眉を少し下げて寂しそうに私を見ていた。
何故なのかはもう考えたくはない。



その日の翌日は何故か阿鼻叫喚だった。何で…どうしてこうなったのだろう。

「サキちゃん!!来年は私にもくださぁい…」
「えぇ…別にいいけど、来年はもう卒業だよ…」

本日はホワイトデーである。
バレンタインデーに貰っていた友チョコなるもののお返しを何となしに配っていただけで泣き崩れる人が多かった。
いや、まあ…何ていうか、それは勿論くれた人にしかあげないものなのだけれど、あまりにも泣いている人が多くて今度別で用意しようかなと考えてしまう程には罪悪感が芽生えてくる。


「つかれた…」

そう呟いてしまったのは是非とも許して欲しい。
今日は一日中、来年のバレンタインデーとホワイトデーのお話ばかりされていた。
考えてみてほしい。今日話したことが本当なのであれば、来年のお返しは今年の比じゃないくらい多いのである。
今からバイトを始めた方が良いのだろうか。そんな事を考えながらもう少しで辿り着くアパートに安心するはずだった。
私の部屋の前に人が立っているようでじっくりと見なくても分かる、あれは…。

「煉獄先生…?」

ぼそりと言ってみただけにも関わらず、勢いよくこちらを見た先生の気迫に思わずびくりとしてしまう。

「帰ってきたか!!」
「え、はい…そこは私の家なので…?」

ずんずんとこちらに迫る先生から逃げたかったが、私の部屋はすぐそこだし…と突っ立ったままでいると、ガシリと方を掴まれる。

「えっと…?先生もこのアパートなんですか?」
「いや!全く別方向にある!」
「家庭訪問ですか…?私一人暮らしなので、住所別ですけど」
「それも違う、そして知っている」

ならどうしたというのだろうか。
混乱した頭ではもう何も考えることはできなくて、ずっと???と悩んでしまうことになるだろう。
そして告げられた一言にも悩むことになる。

「チョコをくれないだろうか!」
「え、嫌です…」
「どうしてだ」
「校則違反だと仰ったのは先生じゃないですか!?」
「ここでは校則違反にはならない」
「そんな結果論あります…?あの、家に入りたいので帰ってほしいです」

そう言って肩に乗せられた手を出来るだけ優しく退かせて玄関へと急ぐ。
玄関へと滑り込んで後ろ手でドアを閉めようとすれば、ガンという音と共に閉まらなくなってしまった。

「え、え?」
「すまない、今日だけは逃せないんだ」
「いやいやいや、これ犯罪じゃないですか…!」

閉まりかけたドアを勢いよく開けられてしまい、思わずつんのめってしまったものの軽々しく受け止められた状態で一緒に部屋へと入ることになる。
一人暮らしですよ…駄目でしょう、これは。駄目でしょう…!!

「ちょ、煉獄せんせ…!」
「頼むチョコをくれないか」
「えぇ…」
「頼む。長倉のチョコが欲しい」

よく見たら顔がビキっている。汗もたくさん滴っている。なぜ?
そう思いながらも、部屋に入ってきてしまったものはもう仕方ないので、作って渡せば帰ってくれるのならもう作るしかないなと腹を決める。



「先生、お待たせしました」
「すまない!ありがとう!」

キラキラと目を輝かせている様は、まるでお菓子の時間を待つ子供のように思えた。
待っている間は少し暇だったのかカバンからノートPCを取り出して仕事をしていたようだった。大人とは家の中でも忙しいのだなあと思うと、大人にはなりたくないのかもしれないと少し心の中で無駄な抵抗を始めてみる。

「うまい!!」
「ちょ、…」
「うまい!!」
「だめです、静かにしてください〜〜〜!」

美味しいと言ってくれるのは正直嬉しい。複雑な気持ちではあるが。
昨夜作りすぎたスポンジを使ってチョコケーキを作ってみたものの、豊富ではない材料のためにとても簡単なものを作ってしまった気がする。
大丈夫なのだろうか。
目の前の煉獄先生は只管うまいうまいと1ホールのケーキを平らげようとしていて、もう既に半分以上消えてしまった。

どうして。一度目はあれだけ怒って断ったのに。
一ヶ月経って、何がどう変化したというのだろうか。
聞きたい気持ちと、聞いてどうなるのかという気持ちの鬩ぎ合いで、心の中のモヤモヤがどんどん大きくなってくる。

「長倉、あの時はすまなかった」

あの時の気持ちを捨てなければいけくなった私はひたすらに努力した。たった一ヶ月とはいえ、頑張れたと思う。
俯いた顔を上げられないまま、掛けられた声を聞く。

「君の気持ちに応えるべきではないと判断した。それが間違いだったと気付いたのは、君が髪の毛を切ってたくさんの人達が周りに居るようになってからだった。本当に不甲斐ない」

それが何だというのだろうか、どちらにせよ受け取ってもらえたとしても生徒と教師でお付き合いなど夢のまた夢の話なのだ。

「あと一年と少し、か」
「…?」
「長倉、チョコをありがとう。とても美味かった」
「ありがとうございます…?」

微笑んだ先生は自分の掌に口を寄せていた。
何を、と言おうと口を開こうとしたら、先生が口付けた掌、私の口元にふに、と押し付けられる。
え。これは、え…?
離れてくれない掌に戸惑い、顔に熱が集まっていくのが分かる。
どうしようこんなの、どうしたらいいの。

「君が好きだ。返事は卒業してから聞かせてくれ」

ゆっくり離れていった掌。
既に帰り支度を済ませていた煉獄先生はそのまま玄関へと向かっていった為、どうやら帰るようだ。

そろりと触ってみた口元。
ふわりと甘い、チョコの香りがした。


次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ