******

□企画夢
6ページ/8ページ



「煉獄先生、今日もたくさん貰ったのねぇ」
「…そうみたいですね」

にっこりと微笑むカナエ先生はとても嬉しそうにしている。
しかしながら、私の心中は決して穏やかではない。
長めの前髪から覗き見たお目当ての人。煉獄先生。
煉獄先生の机には紙袋が置いてあり、その中には本日大量に頂いたであろうチョコが入っている。

そして私の机の中には、煉獄先生に渡す予定だったチョコが一つ入っている。
女性教職員一同からという名目のチョコは既に渡してしまっているため、どう手渡そうか悩んでいる間に、彼は女生徒達から大量のチョコを頂いていたのを目撃してしまった。
それだけならまだ渡そうと思ってしまったのだが、ふいに聞こえた、あの先生は地味すぎてチョコを貰う人が可哀想だ、渡す相手とかいるのかな、という言葉になけなしの勇気を奪われてしまったのだ。

確かに、と納得してしまった私が悪いのだ。
きっと私から貰っても嬉しくなどないだろう。
教職員扱いとはいえ、ただの事務員でしかない。
消耗品などの発注や補充などで話すことはあっても、それ以外の接点はカナエ先生達に比べると全くと言っていい程に少ない。
それらを考えると今更ながらに渡すという事の正当性を見失ってしまった。

ふらりと教職員室から出て、静かな廊下をトボトボと歩き、ぽつりと一言漏れてしまう。

「…私みたいなのが好きだなんて、烏滸がましいよね」



「さよーならー」
「さようなら、気をつけて帰ってくださいね」

元気よく挨拶をしてくれる生徒にいつも通りの言葉を掛けていく。
ここの生徒達は本当に素敵な子ばかりだと思う。
昼間のことを思い出すが、悲しいと思うことはあっても恨むことなんて一つもない。
客観的に見てもそれは当たっていると判断したからだ。

補充する消耗品を抱えて、既に大半の先生方が帰っているであろう教職員室へ足を運ぶ。
失礼します、と一言投げてからゆっくり開けるとそこには煉獄先生がカタカタとPC作業をしていた。

「ああ、長倉先生か!」
「消耗品の補充に来ました」
「いつもありがとう!」
「これがお仕事なので。少しうるさくしてしまったら申し訳ありません」

ニッコリと笑って気にするなと言ってくれる煉獄先生。
本当にお優しい方だと思う。
そこに惚れてしまったのだから、胸がときめいてしまうのは仕方のないことで。
順番に先生方の机を回っていき、指定されていた消耗品をいつも通りメモを添えて端に置いていく。
もしも間違っていたらすぐ気付けるようにと、私の日々のルーティンになっているそれは、誰一人として不平不満を漏らすことなく受け入れてくれている。
先生方も心の広い方々ばかりで、本当に頭が下がる思いだ。

作業を邪魔しないようにと最後に回った煉獄先生の所に辿り着くと、わざわざ作業を中断させてしまったようで一緒に確認をしてくれる。

「すみません、お仕事中なのに…」
「今ここで確認した方が良いだろう。それに明日の分の仕事をしていただけだから気にしないでいいぞ」
「ありがとうございます」

煉獄先生の頼まれていた消耗品は毎度多かったりする。
間違えたことは今まで無いとはいえ、この先も間違えない保証などどこにもない。
一つずつ、煉獄先生から頂いたリストと共に確認作業をして他愛もない話も混ぜながらしていくこの作業は、今日一番幸せに感じた。

「今回もばっちりだな!ありがとう!」
「いえ、こちらこそありがとうございます。それではお先に失礼しますね」
「ああ!気をつけて!」

ドキッとした。顔に出ていないか心配しながら、一礼して教職員室を後にする。
事務室まで戻ってからまとめていた荷物を手に取り、戸締まりを確認してから学校を後にする。

家までの道程を半分ほど過ぎた時にふと思い出す。

「…チョコ、机に入れっぱなしだ」

これが明日も出勤ならば問答無用で置いていったかもしれない。
しかしながら明日は休みだ。
土日の休みを挟んで月曜日に回収して食べるのは、手作りであるために些か問題があるように思えた。

溜息を吐きながらまた学校へと戻るために足を進めていく。
どうか、煉獄先生がもう帰っていますように。



学校を出た時よりも薄暗く感じた為、もう中にいるのは見回りの鱗滝先生だけなのだろうと判断する。
まだ教職員室が開いていることを祈りながら向かうと、開いた扉にホッとしながら自分のあまり使わない机へと足を進めた。

引き出しを開ければ可愛くラッピングされたもの。
こんなに可愛くしたのに、食べるのが私でごめんねと思いながら自身のバッグへと詰め、また帰るために玄関へと向かう。

「長倉先生?」

ふと声がした。
靴を履いてる途中で固まってしまい、変な姿勢のまま振り返ればそこには煉獄先生が立っている。

「…え、あの、帰られてなかったのですか?」
「ははは、それはこちらの台詞だろう?」
「あ…、まあ、そうですね…?」

変な姿勢のままだったのを、ゆっくりと直していく。
あれ以上あの体勢のままだったら腰がびきってなっていたかもしれない。びきって。


「それで、何か忘れ物だろうか」
「あー…っと、はい、そんな感じです」
「そうか」
「…はい」

腕を組んで入り口に凭れ掛かりながらこちらを見ている。
恥ずかしいのでやめて頂けないだろうか。
それでは、と横をすり抜けようとすると腕を掴まれて、それ以上進めなくなってしまった。

「俺に忘れ物はないだろうか」
「…?え、わから、ないです」
「ふむ、言い方を変えよう。俺に渡すものはないだろうか?」

そう言って頬を撫でられる。
今の私はきっと、とてつもなく変な顔をしているのではないだろうか。
へあ、と変な声まで出ているのだ。
きっと、女としてあるまじき顔になっているに違いない。


「俺は、君のそのバッグに入っている物が欲しい」

ゆっくりと近付く顔。
優しく触れた唇。
離れていく熱。

そして、

「何よりも君が欲しい」

抱き寄せられた胸元から聞こえる鼓動はとても早かった。


次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ