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□カシム
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当たり前ではなかったのに、当たり前になった。
遊ぶのも、お昼寝するのも、ボーッとするのも。
はじめは戸惑いだった。
なんで、どうして、なぜ。
でも、いつからだろう。
もっと。
と、欲しがるようになったのは。
「待って」
「遅えよ、待てるか」
「ひどい」
むうっとして頬膨らませてみたけど、見てくれなければ意味はなく。
それでも、少しだけ。
ほんの少しだけ、歩くスピードを落としてくれた。
それが、こんなに嬉しいなんて。
「ねえ、カシム。今日はまだ仕事あるの?」
正直、朝から働き詰めで疲れた。
働かないと生きてはいけないけれど、先なんて見えないわたしにとって、今日だけでも無事に生きていられたら奇跡なわけで。
情けないことに、体力がないせいでそこまで仕事をこなすことができないのだ。
「これで終わりだ」
「そっか。今日もお疲れ様。」
「ほんとにな、誰かさんの体力がねえから荷物が重てえわ」
「悪かったわよ…」
荷物を乱暴に置き、あー重かったと肩を回し始めたカシムに、胸が痛む。
甘えてる。そう、わたしは甘えてるのだ。
仕事のなかったわたしに、じゃあ手伝えと言われて仕事を与えられ、いつまで経ってもカシムについて回るしかできない。
助けられて、ばっかり。
「…ダメだって、分かってるのに」
「はあ?」
「なんでもないよ」
「あっそ」
こうでもしないと、一緒にいられない気がして。
いつも不安になる。
そんなことはないと、分かっているのに、怖いのだ。
「ちっ、こんなはした金で雇いやがって…おい、帰るぞ」
ぎゅっと、手を掴まれる。
顔に熱が集まっていくのが分かって、俯いてしまう。
こんなの、ずるいよ。
泣きたくなるような、逃げ出したくなるような。
カシムはいつか言った。
俺はもう汚れてると。
そんかことないよ。
だって、こうやって手を引っ張って、一緒に歩いてくれるじゃない。
帰りは必ず、歩幅を合わせてくれるじゃない。
きっと、カシムは知らないんだね。
これだけで、わたし幸せなんだよ。
でも、足りない。
もっと。もっとカシムが欲しい。
わたしを見て欲しい。
わたしの目に、カシム以外が、映らなければいいのに。
なんて、わたしは頭がおかしくなったのだろうか。
そこまで考えて、へへっと笑いが少し溢れる。
「気持ち悪いわ」
「女の子に気持ち悪いってどうなの」
「いやいや、急に笑われたら気持ち悪いだろ」
「ちょっと、二回目も言ったわね」
「何回でも言ってやろうか?」
ハッと笑われて、嬉しいような悲しいような。
カシムの笑った顔にキュンときて、悲しさがどっか行くなんて、なんて都合のいい頭なんだ。
不意に、カシムが立ち止まってこっちを見た。
ビックリして、見つめ合ったままほうけていると、わたしの顔に、繋いでる方とは逆の手が伸びてきた。
「な、に」
「……」
待って、顔が熱くなったのバレちゃう。
恥ずかしくなって、ぎゅっと目を閉じたら、指の腹で目尻を撫でられた。
とても、優しい手つきで。
撫でられた後、離れていく温かさに寂しく思いながらも、ゆっくり目を開けると、カシムは、穏やかな顔で笑っていた。
それはとても綺麗で、儚げに見えた。
「カシム…?」
名前を呼ぶと、ニッと馬鹿を見るような顔で笑われて、これはマズイと思った時には遅かった。
繋いでいた手を離され、両手が伸びてきた先は、頬。
「いひゃい!いひゃいっひゃら!」
「ほんっと、お前の間抜け顔は飽きないわ」
「はーなーへー!」
「はいはい」
ヒリヒリする頬を押さえて、睨みつけると、悪戯に成功したような表情で返される。
わたしのこと、子供としか思ってないんだわ。
今日はむうっとすることばかり。
いつか、隣に立てればいいなって思ってるのにな。
頬を押さえていた右手を取られ、また繋がれる。
ああ。
ほんと、都合のいい頭。
こんな頭の中、死んでも見せられないわ。
「おい」
「?」
「…いや、なんでもねえ」
繋がれている手に、少し力が入った気がした。
「そう」
何を言いたいのかは、分からなかったけれど。
今は、この手の温かさを大事にしたい。
そう思って、カシムの手を少し強く、握り返した。
(泣きそうな顔が綺麗だったなんて、言えない)
(どうか、この思いには、まだ気付かないでほしいという、俺のエゴ)
2016/06/10
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