荒波一期(仮)
□雷門夏未の計らい
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フットボールフロンティア地区予選準決勝、秋葉名戸との試合が終わって数日が経った。
決勝戦に向け、それぞれが練習に励んでいたある日の放課後のこと、
━━円堂美波さん、円堂美波さん。理事長室に来てください。
部室へ行こうとしていた美波の耳に、放送が飛び込んできた。
「あたし?」
「何かしたのか?」
「ううん。特に覚えはないけど……」
そう言いつつ首を傾げるも、行ってみなければわからないと思い、美波は理事長室へ足を向けた。
「一朗太たちは先に行ってて!」
「わかった。みんなにも言っておくよ」
「よろしく!」
身に覚えはない、これは本当だ。学校のものを壊しちゃったわけではない。
成績だって落ちてない。そっち方面で呼び出される可能性があるのは、守兄の方だ。
「うーん……」
何で呼び出されたんだろ。もしかして、理事長じゃなくてなっちゃんかな……?うん、あり得る。なっちゃんだから。
そうこう考えつつ、理事長室の前までたどり着いたので、軽くドアを叩く。
「どうぞ」
あ、やっぱり呼び出したのなっちゃんだ。どうしたんだろ。
「失礼しまーす」
「あら、私と美波以外いないんだから、そんなに改まらなくてもいいのよ」
「いや、一応言っておこうかと……」
そう言ったら、何故か笑われた。
「でさ、何で呼び出したの?部活の時でもいいんじゃないの?」
「あなただけに言いたかったの」
「あたしだけ?」
「ええ」
なんだろう。やっぱりサッカー関係なんだろうか。
「単刀直入に言うわ。あなた、フットボールフロンティアに出たいとは思わない?」
「え?フットボールフロンティアに?」
フットボールフロンティア。全国の中学サッカー日本一を決める大会。
ずっと憧れていた。でも男子しか出られない大会だから、あたしはベンチで応援するだけだった。
出たい。出られるなら出たい。でも、
「フットボールフロンティアは男子の大会だよね?」
「確かにそうよ。でも、特例があるの」
「特例?」
「ライセンスを持っていれば、女子でもフットボールフロンティアに出られるの」
「ライセンス?なにそれ」
「……」
なっちゃんは呆れたようにため息をついて、手で額を押さえた。
「やっぱり知らなかったのね……」
「あ、あはは……。でさ、ライセンスって何?」
「そうね……、簡単には言えば、公式の試合に出られる許可証のようなものね」
「車でいうと免許証みたいなの?」
「……まあ、そうなるかしら。推薦がなければその試験を受けることはできないのだけれど、お父様が推薦してくれたのよ」
「理事長が!?」
「だから、その試験に受かればあなたも出られるのよ」
「決勝戦には……帝国との試合には間に合う?」
「間に合うわ」
「やったあ!」
また鬼道やさっ君たちと試合ができるんだ!
「喜ぶのはまだ早いわ。試験に受からないといけないのよ」
「あ」
ライセンスを取るには試験に受かるしかない。でも、あたしにそんな力あるのかな……。
「自信ない……」
「あら、あなたがそう言うなんてね。わざわざお父様が推薦してくれたのに」
「あたしの実力で取れるのかなあ」
「はあ……。やってみなくちゃわからない、でしょう?必殺技だってあるじゃないの。
少なくとも私はあなたなら……、美波なら取れると信じているわ」
「なっちゃん……!あたし、頑張るね!」
なっちゃんも応援してくれてるんだ。頑張らなきゃ!こうしちゃいられない!
「あたし、部活行くね!」
「ちょっと!まだ話は終わってないのよ!」
「できるだけ長く練習したいんだ!」
「ま、待ちなさい!」
なっちゃんが呼び止めてるけど気にしない。沢山練習したい。
絶対に受かって、フットボールフロンティアに出るんだ!
あたしはグラウンドへ走り出した。
「……全く」
美波がいなくなった部屋で、夏未は1人ため息をついた。目線の先には渡しそびれてしまった書類。
「仕方ないわね……」
後で渡しに行こう。名前や判子を貰ってサッカー協会に送らないと……。夏未がそう考えていた時、理事長室のドアが開く。
入ってきたのは雷門の理事長――夏未の父であった。
「彼女には説明したのかい?」
「ええ……」
「それにしても驚いたよ。まさか夏未が私に頼んでくるとはな……」
「それは……」
先程夏未が美波言ったことには、少しだけ嘘が混じっていた。
雷門の理事長であり、日本サッカー協会の会長でもある父に、夏未が頼み込んで推薦をしてもらったのだ。
「あの子はとても楽しそうにサッカーをしているな」
「……だから私はフットボールフロンティアに出してあげたかった」
ベンチで一緒に見ている夏未を筆頭としたマネージャー3人は、美波が時折寂しげな表情を見せることを知っていた。
練習にはいつも参加しているし、ユニフォームだってある。練習試合になら出られる。
でも、公式試合であるフットボールフロンティアには出られない。
彼女だって立派な雷門イレブンの一員なのに。
だからどうにかして出してあげたいと思った夏未は、父に頼んだのだ。美波を推薦してほしいと。
ふと外を見れば、ユニフォームに着替えた美波が真剣な表情で、でも楽しそうにボールを蹴っていた。
「私がわざわざ頼んであげたんだから、絶対に受かりなさい……!」
ボールの行き先を眺めながら、夏未はそう呟いた。
***
夏未嬢のおかげでフットボールフロンティアに参加できたのでした。ツンデレ万歳!
なっちゃん呼びになった過程も書きたい。