荒波一期(仮)

□佐久間次郎との談話
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雷門中との練習試合を終え、装甲車に乗り込もうとする帝国イレブン。が、



「おーい!そこの……えー、眼帯してる綺麗な顔の人ーっ!」



慌てた様子で走り寄ってきた、先程まで試合をしていたチームの選手の内の1人――円堂美波の声を聞き、その動きが止まった。

彼女が言った眼帯をしている綺麗な顔の人、とは、満場一致で佐久間だと誰もが判断した。

当の本人は、羞恥から顔を赤に染めている。中性的な整った顔立ちは、確かに綺麗と称されてもおかしくはない。

が、やはり男子としては、綺麗と言われるのにはいささか複雑という抵抗があるわけで。



「てめっ……」

「はい、これ!君のだよね!」



文句を言おうと一歩踏み出した佐久間に、美波から1枚のハンカチが差し出された。ちなみにペンギン柄である。

虚を突かれ、まじまじとそのハンカチを見つめた佐久間は、一拍置いて驚喜の滲む声を上げた。



「俺がこの前に落として無くした水族館期間限定のハンカチ……!」


『(えええええ!)』



どうした佐久間。

俺の知ってる佐久間と違う。

そういえばお前ペンギン好きだったな。

帝国の参謀イメージ総崩れだな。

案外可愛い趣味してるよな。


と、思い思い内心感想を述べる帝国イレブン。生暖かい目で見る者、若干引いている者、笑いを堪える者……反応は様々だ。

そんな中、佐久間はハンカチを大事そうに受け取り、美波は嬉しそうにそれを見ている。



「探してたんだ。本当にありがとう」

「どういたしまして!」

「でも、どうしてお前が?」

「無くした日、誰かとぶつからなかった?」

「……もしかして、」

「ぶつかったの、あたしなんだよね」



練習試合が決まった翌日、美波は帝国学園を見に行った。当然中に入れるとは思っていなかったが、雰囲気だけでも知りたかったからだ。

周辺をうろうろとしていた時、ぶつかったのが佐久間だった。その時はお互い前方不注意で流したが、再びその道を通った際に、ハンカチを見つけた。

最初は届けようと思ったものの、既に日は落ちかけていたし、どうせ練習試合で来るのだからその時に渡そうと思った次第である。



「あ、今謝ったのでさっきのチャラね!」

「あ……」



言葉を失った佐久間の脳裏に過ったのは、先ほどの試合。美波に一番ボールを蹴りこんだのは、自分だということを思い出す。



「……悪かった」

「え、何で謝るの?」

「俺は……」

「あ、さっきのシュート?本当に凄かったよ!流石は帝国のフォワードだね!」

「お前……」

「……何かあたし悪いこと言った?」

「……凄いな。いや、強いんだな」



心の底から佐久間はそう思った。平気だと言ってはいるが、腕や足は擦り傷や打撲痕だらけだ。虚勢を張っているのは、用意に想像がついた。

容赦なく傷つけた、仲間を叩きのめした相手に、何故優しく出来るのか。そう疑問に思わずにはいられなかった。

中学サッカーの頂点に君臨する佐久間達は、時には暴力的なプレイも辞さない。そんな彼らへ「人でなし」と罵声を浴びせる者は、校外において少なくはない。

帝国学園内でも、総帥である影山直々に指導を受けるサッカー部は、畏怖の対象となっていた。なのに。

"普通"に接されることは、こんなにも嬉しいことだっただろうかと、佐久間は思った。



「あ、あたしはお前じゃなくて、円堂美波っていうんだ。よろしくね」

「俺は……佐久間次郎だ」

「佐久間かー。じゃあさっ君で」


『(さっ君!?)』


「ああ、分かった」


『(いいのかよ!)』



驚く仲間達も気にならない。それ程までに、佐久間は目の前の少女と親しくなりたかった。

しかし今はそんな時間はない。若干の呆れの混じった声音で、鬼道が声をかけた。



「……佐久間、行くぞ」

「あ、ああ!」



そう言いつつもどこか名残惜しそうに美波を見た佐久間に、



「またね、さっ君!」



と美波は返す。頷いた佐久間の顔は、ほんのりと赤かった。まさしく、



「恋でもしてるみたいっすね……」



成神の呟きは誰にも聞こえなかった。



装甲車内にて、先程から佐久間は、窓の外を見てはため息をついてばかりいた。

帝国イレブンは、いつもと明らかに様子が違うのが気になってしょうがないらしく、チラチラと佐久間の方を見ていた。

ふと、佐久間の隣に座っている源田と、通路を挟んで座っている辺見の目が合った。

「どうしたのか聞いてみろ」と訴えかけるような視線から逃れるように目を逸らしたが、そう思っているのは辺見だけではなかった。

各方向から飛んでくる視線にため息をつき、源田は佐久間に向き直った。



「おい、佐久間」

「……」

「……佐久間」

「はあ……」

「佐久間!」

「うわっ!……なんだ、源田か」

「……悪かったな、俺で」



この時点で、源田のライフは尽きかけていた。

何で顔を赤らめているんだ。何で俯いているんだ。これが世に言うオトメンというやつなのか。

様々な言葉が源田の脳内を飛び交う。



「どうしたんだ?」



訝しげな佐久間の声で我に返る源田。寧ろそのセリフは今のお前に当てはまるぞ、と心の中でツッコむ。



「さっきから上の空だが」

「なっ……」



またしても顔を赤らめる佐久間に、思わず源田の表情がひきつる。



「なあ、源田。聞いてくれるか」



本音を言うと聞きたくないが、聞かない訳にもいかないので、是と答える。



「俺、好きなやつ出来たかもしれない」



ポツリと呟かれた言葉は聞き耳を立てていた一同(鬼道を除く)の耳に入り、



『はあああああ!?!?』



叫ばせるのには十分であった。

雷門のあの女なのか、どこを好きになったのか等の佐久間に対する質問攻めが開始する。さながら修学旅行の夜である。

今の今まで静かだった車内がいっきに騒がしくなる。

そこには王者と呼ばれ、勝利に固執した帝国イレブンは居らず、ただの思春期真っ盛りの男子中学生がいた。



「……」



次の日の練習メニューがとても厳しいものだったのは言うまでもない。





→あとがき
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