荒波一期(仮)

□豪炎寺修也との出会い
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「サッカー部に入らないか?」

「……サッカーはもうやめたんだ」



誘ってくる円堂にそう言って、視線を逸らす。そう、サッカーはやめたんだ。夕香が目覚めるまで、ボールは蹴らないと。

そう考えたところで、昨日のことを思い出す。あの不良が許せなくて、見て見ぬ振りはできなかった。気づけば、体が動いていた。

久しぶりに蹴ったボールは、酷く心地よく感じた。俺はサッカーが好きなのだと。

けれど、自分に課した誓いは、もう破らない。あれが最後だ。

あの感覚を忘れようと別のことを考えようとした時、1人の女子が視界に入ってきた。雰囲気が円堂に似ているが……誰だ?



「あたしは円堂美波。隣のクラスで、あたしもサッカー部なんだ!よろしく!」

「美波は俺の双子の妹なんだ!」



双子の妹。道理で雰囲気が似ているはずだ。おまけにコイツもサッカー部らしい。



「(妹、か……)」



未だに眠り続ける夕香のことを考える。まだ幼い夕香から奪われた時間は、元には戻らない。

俺の試合の応援にさえ来なければ、あんなことにはならなかったのに……。



「実は今日のシュート、あたしも見てたんだ!凄かったよ!」

「……そうか」

「それで……あ、半田」

「円堂!冬海先生がお前を呼んでる」

「俺?」

「何で?」

「分かんないけど……俺、嫌な予感がするんだ。例えば、廃部とか……」

「「廃部ゥ!?」」



廃部、という言葉に少し反応してしまった。気づかれなかっただろうか。

円堂は、絶対にさせない!と行ってしまい、半田と呼ばれたやつもその後を追っていった。俺と円堂……の妹だけが残される。



「えーっと、豪炎寺」

「……何だ」



またサッカー部への勧誘かと身構えたが、違った。



「入ってきたばっかだから学校のこととかまだあんまり知らないよね。よかったら昼休み案内するよ」



コイツはサッカー部の部員だ。サッカーには関わらない方がいいだろう。

だから断った方がいい、そう思ったはずなのに。



「頼む」



こう返事してしまったのは何故だろうか。

俺の返事を聞いた円堂は、嬉しそうに笑った。






「で、ここが図書室なんだ。これで一通り回ったかな?」

「ああ、ありがとう」

「教室戻ろっか」


「「………」」



案内なのだから当然なのだろうが、先程から円堂ばかり話していたこともあり、それが終わってしまえば沈黙が訪れた。

俺も特に話すことはない。が、気まずくなったのか、円堂が口を開いた。



「そうだ。円堂守の方と名字かぶるから名前でいいよ」

「わかった」



そう返事をして考える。サッカー部に入るつもりはないし、そもそもクラスが違う。

体育のような授業で一緒になる可能性はあるが、話す機会はあるのか。



「今日はいい天気だね」

「そうだな」

「サッカー日和だ!」

「グラウンド、使えないんだろ」

「は、はは……(会話のネタが思いつかない……!)」

「どうしたんだ?」

「いや、なんでもないよ」



変な奴だ。



「………あのさ」



ためらいがちに円堂――美波は口を開いた。



「何だ」

「豪炎寺は木戸川清修から来たんだよね」

「それがどうしたんだ」

「サッカー部、入ってたんだよね」

「……ああ」

「なんで去年のフットボールフロンティア決勝に居なかったの?」

「それは、」



何故そんなことを聞くんだ。



「お前には関係ないだろ」

「……確かに関係ないね」



思わず突き放すように言えば、肯定のことばが返ってきて、少し拍子抜けた。



「あれだけ凄いシュートが打てるんだから、エースだったんでしょ?なのに欠場するなんて。

しかもあれ以来公式試合に出てないし……。だから、何かあったのかなって思ったんだ」

「……」

「もしかして、怪我でもしたのかなー、……とか」



正直コイツは……美波は、能天気なやつだと思っていたが。けれど、思っていたよりも鋭く、頭の回転も速いようだ。



「美波」

「ん?」

「放課後空いてるか?」

「え、うん。空いてるっちゃ空いてるけど」

「……なら、少し付き合ってくれないか」



美波なら教えてもいいんじゃないだろうか。何故かそう思えた。




***


「美波ー。部員集め」

「ごめん守兄!用事出来たから先に帰るねー!」

「あ、ちょっと」

「行こう、豪炎寺!」

「……すまない」

「ううん。いいんだ」



……円堂の視線が痛い。



「部員、足りないんだろ」

「そうだけど……まあなんとかなるよ!」



昼の円堂の呼び出し内容は、やはり部の存続に関することだった。練習試合に勝てなければ、廃部。

しかも相手は40年間無敗を誇る帝国学園。まず勝てる相手ではない。



「勝算はあるのか」

「うーん、でもやってみなくちゃ分からないしね!もしかしたら棄権してくれたりするかも」

「……帝国学園が?」

「あはは……、無理があるか」



俺たちは裏門から学校を出た。目的地はすぐそこにある。



「ここだ」

「稲妻総合病院……。やっぱり、怪我とか……」

「いや、俺じゃない」

「じゃあ、知り合い?」



その質問には答えず、俺は歩き出した。


ドアを開けて、夕香の病室に入る。前に来た時と変わらない、殺風景な部屋だ。



「……この子は?」

「夕香……俺の妹だ」

「妹?」

「ああ。……去年のフットボールフロンティア決勝の日、事故に遭ったんだ」

「!」

「あの日から、こうして眠ったままだ」

「それで決勝に居なかったんだ……」

「試合前に連絡が入って、すぐにここに来たからな」

「……」

「俺の応援にさえ来なければ事故には遭わなかった。だから俺は夕香が目覚めるまでサッカーはやらない、そう決めたんだ」

「そうだったんだ……」



俺は服の上から、あの日、夕香がくれたペンダントを握り締めた。



「本当にそれでいいの?」



その言葉に、美波の方を見る。何を言っているんだ、コイツは。



「……どういう意味だ」

「夕香ちゃんは決勝を見に行こうとしてたんだよね」

「ああ」

「それは、サッカーをやってる豪炎寺が大好きだったからじゃないかな。あたしだって守兄がサッカーしてるとこ、大好きだし。

それに豪炎寺は今でもサッカーが好きなんでしょ?自分のせいでサッカーをやめたって知ったら、夕香ちゃんショックだと思う。

もし、あたしのせいで守兄が大好きなサッカーをやめることになったら嫌だし。

あたしだったらサッカーを続けて待ってて欲しいな」

「っ……、……お前に何が分かるんだ!」



病院にも関わらず、思わず怒鳴った。だけど美波は顔色を変えずに続ける。



「知らないよ。分かるわけない。だってあたしは夕香ちゃんじゃないし。でもそれは豪炎寺だって同じだ」



強い光を宿した、純粋で、まっすぐな目で美波は俺を見た。



「だから、勝手な想像で話す。あたしは、夕香ちゃんが豪炎寺がサッカーをやめることを望んでるとは思えない。

ねえ、豪炎寺はなんのためにサッカーをやってたの?」

「それは……」

「……サッカーが好きだから、そうじゃないの?そうじゃなきゃ、あんな凄いシュートを打てるわけない」

「……」



その言葉に絶句する。そうだ、俺はサッカーが…………。だが……。



「……辛いことを話させておきながら、一方的に言ってごめん。でもあたしは、大好きなものに嘘をついちゃダメだと思う」



そう言って美波は俺に背を向けた。



「……このことは誰にも言わないよ。早くよくなるといいね」



パタン


小さな音を立てて、ドアが閉まった。



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