Precious...
□失恋と政府通知
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その日の放課後。
私はいつものように最原くんと2人で下校していた。
私の家と最原くんの家は10分かからないぐらいの距離で方向も同じ。
最原くんは探偵をしている叔父さんの家に居候していて、たまに仕事を手伝っている。
仕事の手伝いがない日以外は2人で帰っていて、決まって最原くんは車道側を歩いてくれて優しく手を繋いでくれた。
歩く速度も自然と合わせてくれている。
優しくて完璧な彼氏。
好きな気持ちは日々増していって、その度に政府通知なんか来なければ良いのにと何度も思った。
「立華さん?」
「なんでもないよ。ただ、最原くんのこと好きだなぁって思っただけ!」
笑ってそう言えば、最原くんの顔は真っ赤に染まった。
「あ、あの……僕も好きだよ」
そう真剣な顔で言った最原くんは私の手を強く握り直した。
「離れたくないなぁ」
「……うん」
私の言葉に最原くんも頷いてくれた。
「その、よかったらうちに来ない?叔父さんも立華さんに会ってみたいって言ってたし……あ、もちろん良ければなんだけど……」
慌てた様子でそう言う最原くんに「行きたい」と答えれば彼は嬉しそうに笑い返してくれた。
「どうぞ」
「おじゃまします」
緊張して恐る恐る最原くんの家に上がる。
「叔父さん。ちょっといいですか?」
最原くんが扉を開いた先は本や、資料が山積みになった小さいオフィスのような部屋だった。
「あれ?」
普段ならそこにいるであろうはずの最原くんの叔父さんの姿はなく、コルクボードには走り書きなのにやけに達筆な字で『留守にする』とだけ書いてあった。
それを見て察したのか苦笑した最原くんは私に振り返った。
「ごめん。叔父さん、急な依頼が来て出かけてるみたい」
「そっか……。会ってみたかったけど、それなら仕方ないよね…」
少しガッカリしたけれど、その後私はすぐに気づいた。
あれ…?ていうことは、私今、最原くんの家で最原くんと2人きり……?
意識し出したらとまらなくて、ドキドキと心臓がうるさい。
「立華さん?どうしたの?」
私の顔を窺うように覗き込んできた最原くんとの距離が近い。
唇が触れ合いそうな距離にキャパオーバーしそうになる。
「あ、あの、最原くん。ち、ちか……」
「ちか?あ……っ、ごめん!」
気づいたのかバッと勢いよく私から離れた最原くんの顔は耳まで紅い。
困ったように視線をさ迷わせる彼の慌てようが可愛くて少し笑ってしまった。
「ふふっ。そんなに慌てなくても大丈夫なのに」
「そ、そうだね。でも、慌てるし緊張もするよ」
「それは私もそうだけど……」
「僕、立華さんが思ってる以上に立華さんが好きだから」
ずっとずっと好きだから。
真っ直ぐに私の目を見てそうハッキリ言い切った最原くんは、やがて泣きそうな顔で目を伏せた。
「だからかな、物凄く苦しいんだ」
ギュッと制服の上から心臓のあたりを掴んだ最原くんは今にも消えてしまいそうな程儚く見えた。
そんな彼に安心して欲しくて私は最原くんを強く抱きしめる。
「私も最原くんが好きだよ。ずっと」
「……ありがとう」
おずおずと私の背に最原くんの腕がまわってきて、やがて彼は私を強く抱きしめた。
その時だった。
私の携帯の着信音が鳴り響いたのは。
「電話出ないの?」
そう優しく最原くんが言ったのを合図に私は渋々最原くんから離れ、着信の相手を確認した。
「非通知……?」
未登録の番号からの着信だった。
どうしようか迷った挙句、出ることにして私は酷く後悔した。
『もしもし。立華薫さんの携帯でお間違いないでしょうか?』
「はい。えーと」
『厚生労働省の春川魔姫です。この度、立華さんたちの政府通知の担当を務めることになりました。本日はご挨拶のご連絡をさせて頂きました』
「っ!?」
『……本日には立華さんのご自宅にお相手の情報が書かれた資料が届くはずなので、届いたらこの番号に連絡お願いします。詳しいことはまた後程お話ししますので。では、また』
淡々と業務的にそう告られ、切れた電話に呆然とする。
「嘘……」
ついに政府通知が届く……?
その事に血の気が引いていく。
「立華さん。今のって……」
「……っ」
「政府通知の連絡だよね?」
鋭いからか、私のただならぬ様子に気づいたからか、最原くんにそう言い当てられてしまった。
隠したくはあったけれど、彼に嘘はつきたくなくて、私はゆっくりと頷いた。
「そっか……。立華さん。僕、本当に立華さんが好きだよ」
「え……?それは私だって最原くんが好きだよ」
なんでこのタイミングで?
嫌な予感がする。
「ずっと好きだったから、立華さんが好きって言ってくれた時は嬉しくて堪らなくて、君の彼氏になってからも浮かれてよく王馬くんと喧嘩なんかもしてさ……」
「さ、最原くん?」
「でも、良い思い出で……。僕、君に出会ってからの日々全部が大事で仕方ないと思ってるんだ。立華さんのお陰で僕は変われた」
立華さんのお陰で僕は幸せを知った。
立華さんのお陰で僕は恋を知った。
「立華さん。本当にありがとう。君には幸せになってほしい、だから僕とは……」
「嫌。嫌だよ……!」
「……立華さん」
「その先は言わないで。私、最原くんと離れたくない。最原くん以外の人と結婚なんてしない……っ!」
「立華さん!」
強く肩を掴まれ、最原くんのほうを向かされた。
最原くんは一切の迷いなんてないみたいな顔をしている。
「別れよう」
「っ……!」
「それが、君の幸せのためでもあるから」
「……最原くんの、馬鹿っ!!」
泣くもんかと堪えた涙は最原くんを突き飛ばした瞬間零れ落ちる。
でも、もうそんなの気にならなくて私は涙でぐしゃぐしゃになった顔で構わず、この場からいなくなってしまいたいようなつらさに駆られて走り出した。
「立華さん……!」
最原くんの呼び止める声に今は応える気力はなかった。
最原くんの家から飛び出して、家にも帰る気分になれず宛もなく街を歩く。
ぼうっとしていたせいか、いつの間にか辺りが暗くなっていることに気づかなかった。
「あ、あの……」
「……ん?」
ぎゅっと下から制服のブレザーの裾を掴まれた。
視線を下に下げると、小学校低学年ぐらいの女の子が泣きそうな顔で私を見上げている。
「どうしたの?」
「……おにいちゃんとはぐれちゃって……」
「泣かないで!私が一緒に探してあげるから!」
私も泣きたい気分だけれど、まさか小さい子を放っておける訳もなく私はそう言って女の子の手を引いて歩き出した。
「何処ではぐれたかわかる?」
「……うーん。あそこ!」
女の子が指さしたのは一般人が滅多に行かないような有名人御用達と噂の高級レストランだった。
……よく見るとこの子が着てるのって有名私立小学校の制服のような…。
「やっぱり、交番に……」
何処かのお嬢様じゃ今頃警察や捜索隊が動き出してるんじゃないかと焦り始めた辺りで女の子が立ち止まる。
「あ!おにいちゃん!!」
「え?何処?!」
「あそこ!」
女の子が指さした先にいたのは綺麗なグリーンの髪が目を引く、有名私立高校の制服を着た青年だった。
「おにいちゃん!!」
しかし、兄の姿を見つけ、嬉しかったのか駆け出した女の子は目の前を歩いていた人にぶつかってしまう。
尻餅をついた女の子に、やがてぶつかった相手の男性が物凄い形相で振り返った。
「オイ。どこ見てやがんだ、クソガキ」
「ひっ……!」
「す、すみません……!」
「おめェに謝られて納得出来るはずねぇだろーが」
咄嗟に女の子を庇って前に出たはいいけど、どうしようか全然考えてなかった。
怒る男性の罵声を聞きながら、どうしようかと考える。
周りの人たちは我関せず、触らぬ神に祟りなしという様に素知らぬ顔で通り過ぎて行ってしまう。
「本当にごめんなさい!」
「おい、ガキに謝らせろよ」
「……っ、こ、こわいよ……」
「あ?」
女の子は震えて縮こまっている。
私が、なんとかしないと。
「すみません。わざとじゃないので……」
「わざとじゃねぇからなんなんだよッ!」
何度目かの謝罪も効果はなく、男性は更に怒り出した。
酔っ払っているようで、いつ手が出てきてもおかしくない。
私はなるべく刺激しないように低姿勢で謝り続けた。
「あ、その制服。確か私立のお嬢様学校のだろ?金持ってるよなぁ?出せよ」
そう言って女の子に掴みかかろうとした男性の腕を慌てて止めた。
「ま、待ってください!いくらなんでもそれはないですよ!」
「はぁ?元はといえばこのガキがわるいんだろーが」
そう言っていとも容易く私は突き飛ばされてしまった。
「きゃ……!」
「大丈夫っすか?」
「え……?」
「なんだ、テメェ」
突き飛ばされた私を受け止めたのはさっき見た綺麗なグリーンの髪の青年。
彼は男性をギロリと強い眼差しで睨みつけると私と女の子を庇うようにして間に割って入った。
「あーぁ。あんたこんな騒ぎ起こして大丈夫なんすか?」
「はぁ?」
「警察。呼ばれてると思うっすけど?うちの店の前でよくやるっすね?」
「うちの店だと?」
男が横の店に目をやった。
彼は驚きに目を見開く。
それもそのはず、そこは超有名高級レストランだったのだから。
「まぁ、今更事の重大さに気づいても遅いっすよ?あんた、俺の妹に手、出そうとしたんすから」
男の胸ぐらを掴みあげた青年はそのまま、男を突き飛ばした。
突き飛ばした先にいたのはよくレストランの前に立っているのを見かける警備員の人達で、男性はそのまま連行されていった。
「おにいちゃんんん……」
「こら。だからいつもうろうろするなって言ってるんすよ」
「ご、ごめんなさい……」
泣きじゃくる女の子の頭を優しく撫でた青年はやがて私に目を向けた。
「うちの妹がすみません。怪我、ないっすか?」
「あ、はい!大丈夫です」
「助けてもらって、ほんと感謝してるっす。妹一人だったらと思うとゾッとしますし……それに、貴女みたいな良い人が助けてくれてよかった……」
バッと手を掴まれた。
「俺の名前は天海蘭太郎っす。よければ後日ちゃんとお礼がしたいんで、連絡先教えて貰ってもいいっすか?」
「私は立華薫です。いえ、当然のことをしたまでなのでお礼とかはいらないですよ」
「薫さん…」
いきなり名前呼び!?
「わたしもおねえちゃんにおれいしたい!!」
「え?」
「お願いします」
「おねがい。おねえちゃん」
兄妹そろって私を見つめてくる。
その瞳の訴えに耐えきれず、私はスマホを取り出した。
あの後、生まれて初めてのリムジンで家まで送って下さった天海さんは「それじゃあ、また。おやすみなさい」とイケメン俳優も負かせそうな程、爽やかに微笑んで帰っていった。
家に帰ってみれば予想通り、親から政府通知の資料を手渡される。
まさか、突っかえす訳にもいかず、資料を見て私は驚いた。
「えっ!?」
政府の元、厳正な審査の結果、立華薫さんの生涯のパートナーとして選ばれたお相手は、天海蘭太郎さんとなりました。
お手数ですが、詳しくは担当の春川魔姫に直接ご連絡ください。