赤い月は朧気に
□お詫びがしたい葵兄弟
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「もぅ!アニキのせいだからね!」
朔間先輩に頼まれて噂のプロデューサーの桜さんを見つけて連れて行こうとしたら、桜さんは先約があるらしく困った顔をした。
俺は諦めようとアニキに目線を向けるとあろうことかアニキは強行手段に出た。
アクロバット。
俺とアニキが得意とするそれは、ユニットの武器であり、初めて見る人はそれはもう驚く動きだ。
すぐ目の前でそんな動きを見せられた桜さんは目をまんまるくして驚いていた。
アニキはそんな桜さんを担ぎ上げ、くるくるぴょんぴょん、自在な動きで部室まで駆け抜けた。
そんなアニキの動きに酔ったのか驚きすぎたのか、先輩は気を失ってしまい、俺はアニキを怒ったのだ。
「ごめんってば〜、ゆうたく〜ん!」
「俺じゃなくて、桜さんに謝って!」
「だって…」
アニキは朔間先輩が棺桶で寝かした桜さんに視線を向けた。
未だ意識を失ったままの桜さんはなんだか少し顔色が悪く、うなされているようだった。
それを見てか、アニキはやっと反省したのかシュンとした。
「はぁ……桜さんの目が覚めたら、一緒に謝ろう」
「…うん!ありがとう、ゆうたくん!」
俺もアニキの暴走を止められなかったし、仕方ない。
それにしても、桜さん全然目を覚まさないなぁ…。
不安になって、今日の部活中ずっと兄貴と棺桶の中の桜さんを覗き込んでいた。
途中、桜さんは寝言を言った。
真緒くん、凜月くん、吸血鬼とかなんとか。
途中、悲鳴まで上げて、自分のせいで悪夢まで見てるのかと、アニキは罪悪感で泣きそうな顔をしだすし、俺も申し訳なくてどうしようかと思った。
部活が終わる時刻になっても桜さんは目を覚まさず、ちょっかいをかけようとする羽風先輩を追い払いながら俺たちと一緒にずっと桜さんを見守っていた朔間先輩は珍しく眠くなさそうな顔で言った。
「桜のことは我輩に任せて、葵くんたちはもう帰ってくれんか?」
少し棘のある言い方に俺もアニキもビクッとすると、朔間先輩は苦笑した。
「謝るのはまた今度でいいからのう」
今度は少し笑みを浮かべた柔らかい物言いだった。
俺とアニキは頷いて、部室を出て、今日は大人しく帰路についた。
あの日以来、俺とゆうたくんはずっと桜さんに謝りたくても謝れずにいる。
「あっ、桜さーん!」
朝、校門で待ち伏せしていると桜さんが登校してくるのが見えて大きく手を振った。
ゆうたくんは注目を浴びるのが嫌なのか俺を止めようとするけどアイドルなんだから、目立ってなんぼだよね!と俺は気にしない。
が、桜さんはこちらに視線を合わせることなく、衣更先輩とそそくさと校門をすり抜けて行った。
そんな先輩を急いで追いかけようとすると、目の前に朔間先輩の弟が立ちはだかった。
あれ…?なんか俺、睨まれてる?
「……あのさ、朝からうるさいんだけど。あと、桜は目立つの苦手だから。もうあんたは二度と桜に話しかけないで……」
そう冷たく言って踵を返した、朔間先輩の弟を俺とゆうたくんは呆然と見送った。
でも、こんなことで挫けるほど俺たちは柔じゃない。
こうなったら絶対ぜっーたいにっ!桜さんに謝ってお詫びしてすっごい仲良くなってやるー!と意気込んだ。
次に俺とアニキが桜さんを見つけたのは購買だった。
菓子パンを選んでいる桜さんの周りに朔間先輩の弟がいないことを確認してから、桜さんに声をかけた。
「あの、桜さん…!」
「っ……ごめん!私、行くね!」
「えっ…ちょっ!!」
桜さんはパンを手にし、購買のおばちゃんにお金を払うと凄い速さで走って行ってしまった。
なんでだろ…そんなに俺たち、嫌われちゃったのかな…と落ち込んでうつむくと後ろから元凶の声がした。
「あーぁ、また、逃げられちゃったか…」
「……あなたのせいでしたか」
羽風薫先輩。
度々、桜さんをナンパし、逃げられている光景を目にするのは珍しくない。
「えー?俺のせい?ふふっ。だとしたら恥ずかしくて逃げたのかもね。可愛いなぁ、桜ちゃん」
「行こう。ゆうたくん」
「そうだね、アニキ」
この人から早く離れたい。
珍しく、アニキと意見が合った瞬間だった。
次に桜さんと会ったのは放課後だった。
でも、プロデュース科の桜さんが放課後暇なわけがなく、あっという間に人に囲まれてしまった桜さんと話すことは出来なかった。残念。
「オマエらはえっと…葵兄弟だよな?」
落ち込んで項垂れていると声をかけられて顔を上げた。
「朝から桜の周りうろちょろしてるみたいだけど…。アイツに何か用があるなら俺から伝えとこうか?」
人の良い笑顔でそう言った衣更先輩に俺は首を振る。
「自分の口から伝えなきゃ意味ないから、だから大丈夫です!」
「……アニキ」
何故かゆうたくんが感動している。
衣更先輩は何故だか複雑そうな顔をしている。
「その、さ…。オマエらの用ってまさか、告白だったりする…?」
「こ、告白!?」
「ん?違うよ?ね、ゆうたくん」
同意を求めるとゆうたくんは真っ赤な顔で何度も頷いた。
「た、確かに桜さんは可愛いですけど、知り合ってすぐにそんな、付き合いたいとかそんなこと思わないですよ!」
慌ててそう言ったゆうたくんにお昼たいしたもの食べられなかったからお腹空いたのかな?と心配になったけど、敢えて触れないことにする。
「そっか…。そうだよな」
衣更先輩は納得したのか「じゃ、俺は生徒会だから!」と手を振り去って行った。
さすがにもう会えないかな…とユニット練習を終えて、帰路に着こうとしていると、桜さんの後ろ姿を見つけた。
どうやら忙しい様子もなく、チャンスだ!と俺はアニキの腕を引き桜さん目掛けて駆け出した。
「桜さ…っ!?兄貴、こっち!!」
俺は咄嗟にアニキを空き教室に押し込み、俺もその後を追い、教室に身を隠した。
「〜〜ったぁ…!いきなり、なぁに?ゆうたくん!」
「しっ!アニキ黙って!」
俺はそっと、桜さんのいる廊下を覗き見る。
雰囲気を察して、咄嗟に隠れたけど、やっぱり正解みたいだ。
桜さんは見知らぬ男子生徒と話していた。
多分、告白されているんだと思い俺はアニキを静かにさせるのに精一杯になっていた。
だから、気づかなかった。
俺たちの背後に人がいることにー
「……何してるの?盗み聞き…?」
「っ………!」
そこにいたのは欠伸を噛み殺すように伸びをしている朔間先輩の弟だった。
さ、さ、最悪だ〜。
よりにもよってなんでこのタイミングでこの人に会うんだ!?
「ねぇ…今日ずっと桜に付き纏ってたよね…?そうゆうのやめてほしいんだけど……?」
不機嫌を隠さない冷たい眼差しに射抜かれ、身体が跳ねた。
ヤバイ。
本能でそう感じ、今すぐこの場から逃げてしまいたくなった俺の手をギュッとアニキが握ってきた。
驚いてアニキを見るとアニキは緊張感の欠片もない気の抜ける笑みを俺に見せた後、朔間先輩の弟に向き合った。
「俺たちには俺たちの事情があるから、桜さんに付き纏うなってゆうのは無理だなぁ」
「…は?」
「それに、そんなことより」
アニキが廊下の桜さんがいる方を指差し言った。
「いいんですか?今、桜さんと話してるの普通科の人で、しかも多分告白ですよ?」
「……………今日は見逃してあげる」
朔間先輩の弟はそう言ってすぐに廊下へと出て行った。
「よしよし!ゆうたくん、怖かった?」
「べ、別に怖くなんかないから!頭撫でないでっ!」
無遠慮に俺の頭を撫でるアニキの手を振り払い、俺は深いため息を吐いた。
「どうする?こんなんじゃいつまで経っても桜さんに謝れないよ?」
「大丈夫だよ!ゆうたくん!まだ、明日も明後日もその次もあるしね!」
アニキはそう言って屈託もない笑みをみせたのだった。