朔間凛月とプロデューサー

□彼女の好きが聞きたくて
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「嬢ちゃんや」


移動教室の途中で声をかけられ、立ち止まる。


「零先輩…!」


彼が昼間に起きているなんて珍しい。

驚く私に零先輩はくっくっくっ。と愉快そうに笑って私が抱えていた次の授業の教科書と筆記用具を攫っていった。


「これは没収じゃ」
「なんでですか?困ります…!」
「うーん。そんな顔されると弱いんじゃけど。惚れた弱み的に」
「っ!」
「これこれ。あからさまに反応しないでおくれ」


困った様に眉尻を下げて笑う零先輩に申し訳なくなる。

泉先輩の一件でアイドル達から向けられる恋愛絡みの言動に過剰反応してしまっているのは事実だ。

以前より、アイドル達との距離感には気を使っているし、誰かと二人きりにはならないように徹底している。

真緒くんや凛月くんのように告白してくれても断って傷つけることしか出来ないのであれば、最初からそういう状況を造らなければ良いのだから。


「でも、嬢ちゃんが男に警戒心を持つようになってくれたのは嬉しいかのう」
「それは……むしろ色々気づくのが遅くて申し訳ないです」
「よいよい。嬢ちゃんがアイドルをプロデューサーとしての視点からしか見てないのは我輩は気づいていたし。それに、我輩が嬢ちゃんのことを好きなのは事実じゃけど恋仲になることを望んでいるわけじゃないからのう。もっとも、凛月は違うみたいじゃけど」


恋仲になることは望んでいないという言葉に引っかかりつつも、凛月くんはそうじゃないということをお兄さんから聞いてしまい、私はなんて言えばいいか分からず黙り込んだ。


「……して、嬢ちゃんは何故我輩が昼間に活動して嬢ちゃんの教科書類を取り上げたと思う?」


そう意味深に笑う零先輩。

確かに何故?という純粋な疑問が浮かんだ。

そんなことしても私が授業に行けなくて困るだけじゃ……。


「私を授業に行かせないことが目的ですか?」
「そうじゃけど、正確には授業ではなく凛月の所に行かせることが目的かのう…」
「凛月くんの……」


凛月くんとは屋上で告白されて以来会っておらず、早いものでもう1週間経ってしまっている。


「何故嬢ちゃんは凛月に会わないんじゃ?衣更くんや瀬名くんとは会っておるようじゃけど」
「仕事でですよ。凛月くんとはたまたま会ってないだけで……」
「嘘じゃな。凛月との仕事がある時、他の仕事を入れてそっちを優先しているじゃろう?」
「まさか。そんなことする必要ないじゃないですか」
「なら、今から凛月に会えるじゃろう?別に避けているわけじゃないのならば」


零先輩の言う通りだ。

早く凛月くんに会って、教科書を返してもらって授業に行くべきだ。

なのに、私はそれが出来ない。


「出来ないんじゃろう?凛月と会うのが怖いから」
「っ……」
「会ったら好きだと言ってしまいそうだから」
「違います……っ!そんなこと、ないです」


首を2回振って否定する。

ギュッと強く拳を握って強く零先輩を見上げるも、思っていたよりも真っ直ぐにこちらを射抜く零先輩の眼差しに私はたじろいだ。


「はぁ……。嬢ちゃんはプロデューサーである以前に高校生の女の子じゃよ。恋することは罪じゃないと思うんじゃけど」
「罪ですよ。ファンの子への裏切りです。それに私は仕事にプライドと責任をもっています。軽率なことは出来ません」
「……凛月だけじゃなく、薫くんまで泣かしそうな発言じゃのう」
「だから、もし凛月くんに会いに行っても先輩が望むような展開にはなりません。だから、教科書返してください。お願いします」


頭を下げると「参ったな…」と素の呟きが聞こえて、返してくれるまで上げるつもりのなかった頭を思わず上げた。


「俺まで振られた気分だ」


可笑しそうに笑った先輩は次の瞬間には真剣な顔になった。


「まぁ、俺は良い。弟の好きな女取るなんざ腐った神経は持ち合わせちゃいねぇからな」
「零先輩……」
「……なぁ、花香」
「っ!はい」


初めて嬢ちゃんではなく名前で呼ばれ反射的に返事をすれば、零先輩は吹っ切れた顔で言い放った。


「好きだ」
「はい」
「好きじゃよ」
「……はい」
「嬢ちゃんは?誰が好きなんじゃ?」
「私は、……っ」
「我輩は、我輩たちは嬢ちゃんが好きじゃよ」


プロデューサーの嬢ちゃんも普通の女の子としての嬢ちゃんも。


「果たしてこの気持ちは罪なのかのう?プロデューサーとしての嬢ちゃんにとってはそうだとしても、普通の女の子の嬢ちゃんにとっては罪か……?」
「……プロデューサーじゃない私…」











「凛月」
「ま〜くん。今日の花香とのユニット練習どうだった?」
「ん〜。いつも通りかな!花香も次の衣装の話しとか楽しそうにしてたよ」
「そっか。よかったよかった」


そう言って芝生とはいえ野外で寝返りをうつ幼馴染の強がりに気づいてしまって、その横に腰を下ろして座った。


「良くないだろ〜?お前、いつになったら花香に会いに行くんだ?」
「……避けられてるのわかるし、嫌がってるのに無理に会いに行けないよ」


普段の余裕さは形を潜め、その声音からは不安と弱々しさが感じられた。


「諦めない的なこと告白してきた帰りに俺に言ってなかったか?」
「それは……そりゃあ、諦めてはないけど」
「はぁ……。だったら、このままじゃダメだろ」
「……うん。そうだね」


ゆっくりと上半身を起こした凛月は俺の方を向く。


「ライバル励ましていいの?」
「ホントだな?けど、ライバル以前に俺にとって凛月は大事な幼馴染だからさ。落ち込んでたら励まさずにはいられないつーか……」


兄者といいま〜くんといい、ほんと損な性格してる。

自分を犠牲にして他人のために行動するとこなんてソックリ。


「そんな甘いこと言って、あとで後悔しても知らないんだから」
「お前なぁ……」
「な〜んて冗談。ありがとう。ま〜くん」


立ち上がった凛月に行くのか?と問いかければ凛月はしっかり頷いた。その瞳にはもう、不安も迷いもなかった。


「頑張れ。りっちゃん」


歩き出した背中にそう声をかければ、凛月は振り返り困ったように微笑んで「そんな優しいから俺みたいな悪い吸血鬼につけこまれるんだよ」と言った。


「俺はつけこまれたなんて思ってない。凛月の世話を焼くのも俺がしたいからしてるんだ。だから、俺に悪いなんて考えるなよ?」
「うん。……うん。でも、ごめんね。ありがとう」


そう言った凛月の瞳から涙は出ていなかったけれど、恥ずかしそうに顔を逸らし、凛月は前を向いて歩き出した。

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