朔間凛月とプロデューサー

□彼女は確かにアイドルを愛している
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兄者に花香を好きだと指摘されてからというもの、前のように花香に悪態をつきに行くことは出来なくなった。

もともと忙しい彼女とは仕事以外では全然会うことはなかったし、どんな顔して会えばいいのかもわからなかった。

それに、彼女が俺に構ってこなくなったせいもあってか顔を合わす回数は減った。

ま〜くんともずっと気まずいままで、このままじゃいけないなと思って、昼間は気怠く眠い身体に鞭打って教室へと向かう。

丁度昼休みが始まったらしく、学院内は賑やかだ。

あちこちから聞こえる喧騒を煩わしく思いながらも、足早に歩く俺の視界にふと彼女の姿が見えた。

何か用があったのか普段はあまり使われていない空き教室から出てきた花香に俺は声をかけようとした。


「あ、……」


口を閉ざしたのは、どうしたらいいのかわからないのもあったけれど、彼女が酷くつらそうで悲しそうな今にも泣き出してしまいそうな顔をしていたから。

そのまま花香は俺に気づくことはないまま、覚束無い足取りで廊下を歩いて行ってしまった。

あの花香があんな顔をするなんて一体何があったのか気になって空き教室に近づこうとした時、扉が開き、中から今まさに仲直りしに会いに行こうとしていたま〜くんが出てきた。


「……よう!凛月」
「ま〜くん……?」


空き教室から出てきたま〜くんは花香同様つらそうな表情をしていた。


「ちょっと、話してもいいか?」


そう言われ、ま〜くんに続いて空き教室に入った。


「あ〜。なんか、凛月と話すの久しぶりだな」
「そうだね。だって、ま〜くん怒ってたんだもん」
「……そうだな」


そう言ったきり、会話が途切れ沈黙が続いた。

やがて、意を決した様にま〜くんが口を開いた。


「俺、凛月が羨ましかったんだ」
「……え?」
「花香に気にかけてもらってる凛月が、羨ましくて嫉妬してた。そんなお前が、俺が花香といると邪魔ばっかしてくるんだ。正直なんでだよって腹立ってた。ごめんな」
「……ま〜くん」

なんでま〜くんが怒ったのか、やっとわかった。

そっか。俺は守ってる気でいたけど、ま〜くんは邪魔してると思ってたんだ。

花香への気持ちに気づいた今となっては、本当にま〜くんのことを守ると同時に邪魔してたんだなって思うけど。


「俺は、ま〜くんのこと守りたかった。大切で大好きなま〜くんを色んな男を誑かす女なんかに傷つけさせないと思ってた。だから、邪魔するつもりなんて俺はないつもりでいたんだけど……でも違った。俺、最初から花香のことが好きだった。気に食わない女だと思ってたのも、ムカつくと思ったのも本気だけど、酷いこと出来なかったのは花香のことそれ以上に好きだからだった。だから、無意識にま〜くんの邪魔してたかも。俺の方こそごめんね」


謝るとま〜くんはおかしそうに笑った。


「なんだ。やっぱり凛月も花香のこと好きだったのか〜」


意外にもあっさり、認められて拍子抜けする。


「……凛月。俺さ、花香に告白した」
「え?もしかして、さっき……」
「そう。で、振られちまったからさ。だから……俺のことは気にせず花香にアタックしろよ〜?今まで冷たくしてた分優しくしないと嫌われちまうかもだしさ!」


明るくそう言ったま〜くんをバカと小突いた。

おでこを押さえて痛がるま〜くんの頭をたまには年上らしく撫でた。


「無理に応援しなくていいよ。まだ好きなんでしょ?」
「……ははっ。うん、ありがとな」












「くまくん」
「おい〜っす。花香じゃん。奇遇だね」


屋上に行けばそこには予想通り、花香がいた。

いつだったか、初めて彼女と会った日と同じように一人屋上から下を見下ろしている。


「珍しいね。くまくんがまだ陽も沈んでない屋上に来るなんて」
「何となく、花香がここにいると思ったから」
「……私に会いに来てくれたの?」


驚いた顔でこちらを見る花香に微笑んだ。


「そうだよ。悪い?」
「え、別に悪くは無い、けど……」
「けど?」
「くまくんが私に会いに来るのは私が何かした時で……だからもしかして、真緒くんのことで怒りに来たのかなって……」
「違うよ。ま〜くんは関係ないし、怒りにきたわけでもない。ただ、花香に会いに来ただけだよ」
「え……何か用があるの?」


困惑した様子の花香は俺の反応を確かめるようにジッとこちらを見つめてくる。

なんだか不安そうな花香に笑って頬に手を伸ばした。

単純に触れてみたかった。

本当は俺もま〜くんや、兄者や王様やエッちゃんやセッちゃんみたいに頭を撫でたり抱きしめたりしてみたかったのだ。

あの時は苛立ちばかりが目立って気づかなかったけど、確かに羨ましい気持ちがあった。

花香の頬に手が触れて、花香はビックリした顔で俺を見上げていた。

夕暮れの放課後。

二人きりの屋上で見つめあって、俺が頬に触れても抵抗ひとつしない花香に、やっぱり男に対する警戒心足りないなぁなんて呆れつつ、笑みが溢れた。

それだけ彼女は俺を、俺達アイドルに心を許して信頼しているんだと思ったら愛しく思った。

花香が好かれるのは当然だったのだ。

兄者の言う通り、彼女は好かれるに値する人間だ。

俺達アイドルを真っ直ぐに見て応援し、大切にしてくれた。淀みない純粋な心で愛してくれた。

花香のようなプロデューサーを愛さず、誰を愛すと言うんだろう。


「俺、花香のことが好きだよ」
「……くまくん」
「凛月でいいよ。ごめんね、呼ばないでなんて言って」
「凛月くん」
「うん」
「私、凛月くんとは付き合えない。ううん。誰ともアイドルとは付き合わない」
「……うん」


その気持ちを認めたくなかったのはそう言われるってわかっていたから。


「私はみんなを、アイドルを愛しているから」


真っ直ぐな瞳でしっかりそう言い切った花香は、やがてあの空き教室から出てきた時のような悲しそうな顔をした。


「知ってた」


そう言って笑えば花香は呆けた顔をして、俺はそんな花香のマヌケ面にキスをひとつお見舞いしてやる。


「でも、プロデューサーだからって恋しちゃいけないわけじゃないでしょ。もちろんアイドルだってそう」
「そんな!問題はある、よ……」


キスに時間差で真っ赤な顔で俯いた花香は力なく俺に反論してくる。


「なんで?アイドルもプロデューサーも人間だよ?恋しちゃいけないなんてそんなの差別だ。おかしいよ」
「…………そう、かもしれないけど」


顔を上げない花香を優しく抱きしめれば、花香の肩が少し跳ねた。


「凛月くん、ダメだよ。こんなの困るから……」


力弱い抵抗に更に強く花香を抱きしめる。


「花香は俺のこと嫌い?」
「き、嫌いじゃないよ!」


強くそう言う花香に笑えば花香はハッとした顔をして俺から顔を逸らした。


「ふふっ。俺は花香のこと好きだよ」
「っ!凛月くん」
「ねぇ、花香は?俺のこと好き?」
「そ、それは…………」


それっきり黙り込んだ花香を抱きしめていた腕を解いた。


「いいよ。今は返事しなくても」
「え?」
「俺のこと好きって思ったら言ってよ。それ以外の返事は聞かないからね」


困り果てる花香にまた不意打ちでキスをして、背を向ける。


「ちょっと、凛月くん!」


怒る花香の声を背にヒラヒラ手を振って俺は屋上を後にした。

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