朔間凛月とプロデューサー

□好意に気づいた彼女は哀れだった
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パシャッ


「っ……!」


シャッター音に振り返るもやっぱりそこには誰もいない。

今日だけでもうこんなことが20回もあったからさすがに気のせいでないことなんてわかっている。

誰かに盗撮されてる。

その事実に思わず身震いする。


「…こわい……」


一人の廊下で恐怖に蹲ってしまいそうになったところで、声をかけられた。


「花香ちゃん?こんな所でどうしたんだい?」
「っ……英智先輩」


向かいの曲がり角から歩いてきた英智先輩に私は駆け寄って抱きついた。


「助けてくださいっ!」


ギュッと服の裾を握った手は震えていた。


「大丈夫だよ。落ち着いて」


綺麗で心地よい声と共に優しく背中を撫でられて徐々に平常心を取り戻した私は英智先輩から離れた。


「英智先輩すいません。ありがとうございます」


取り乱して抱きついてしまったことに今更ながらテレながら髪をひと房耳にかけると、英智先輩は口に手を当て少し笑った。


「キミは本当に愛らしいね」
「い、いえ、そんなことないです」


手をブンブン振って否定したけれど、英智先輩は笑みを深くしたのだった。











「そっか。そんなことがあったんだね」


あの後、立ち話もなんだからと英智先輩が通してくださった生徒会室で英智先輩が淹れてくださった紅茶をいただきながら、事情を話すと英智先輩は険しい表情で手を組んだ。


「視線やシャッター音に気づいたのはいつから?」
「えっと、確かレオ先輩の家から帰る途中からだと思うので一週間前ぐらいだと思います」
「……え?月永くん?」


英智先輩が目をぱちくりさせて驚いた。


「はい。作曲を教えて貰いに家にお邪魔したんです。その帰り道に妙に誰かに見られてるような気配がして……」
「そうなんだ……」


どこかホッとしたように英智先輩はそう言って紅茶を口にし一息ついた。

そして、真面目な表情で考え込むように机に肘をつけ、両手を組む。


「犯人に何人か思い当たる人はいるけれど、まだ確証はないし誰とは言えないね…もちろん僕の方で調べては見るけれど」
「え、え?何人か、ですか……?」
「うん。まぁ、間違いなく犯人は花香ちゃんのことが好きな誰かだろうね」










「はぁ……」


英智先輩が手配したSPの人に守られながらの下校途中。

私は今まで生きてきた中で1番深いであろうため息を吐いた。

英智先輩は犯人は私のことを好きな誰かだと言っていたけれど、本当にそんな人いるんだろうか?

私は、みんなに信頼や愛や尊敬を込めて接していたし、私に夢を見せてくれるアイドルを大切に思っているけれど、恋愛感情を持って接したことは今まで一度もない。

そんな目で見てはいけないし、そんな目で見れるはずがない。

私にとってのアイドルは神様に等しい存在なのだ。

転校してきた学校に女一人で不安だった私に手を差し伸べ、仲間にしてくれて頼ってくれて、私はアイドルではなくプロデューサーだけれども、欠けてはならない存在だと大切だと好きだと言ってくれるみんなのことが私は大好きだ。

だから、私は誰も疑いたくない。

犯人はきっと外部の熱狂的なファンの子で私がアイドルの近くにいるのが気に入らなくて嫌がらせをしてるだけに決まってるんだ。そうじゃなきゃおかしい。


「あれぇ?花香?」


ビクッと肩が跳ねた。

慌てて振り返るとそこには笑顔で手を振る泉先輩がいた。

その首にはよく真くんを撮っている一眼レフが揺れている。


「今日は帰るの早いんだねぇ。プロデュースは休みなの?」
「は、はい。色々あって…」


ストーカー被害にあっているかもしれないだなんて言えるはずもなくぼやかした言い方をすれば、泉先輩が面白くなさそうな顔で私に近づいてきた。

すると、建物の陰に隠れていたSPの方々が出てこようとしたので慌てて手で制して、私は泉先輩に向き合った。


「何?俺に隠し事してるの?」
「そ、そういうわけではないんですが…」
「……ねぇ、前に俺言ったよね。『花香に好きな男出来たら教えてよねぇ』って」
「はい。でも、私好きな人なんて出来てないですよ」
「じゃあ、なんで王様の家行ったの?普通脈のない男の家に行く?部屋で何してたわけぇ?」
「……え、なんでレオ先輩の家に行ったこと知ってるんですか?」


一瞬。ありえないと思っていた嫌な考えが頭を過ぎって思わず泉先輩から距離を取る。


「逃がさないから」


腕を捕まれて、身動きが取れない。

嫌な予感は気のせいだと、私はずっと自分に言い聞かせて平常心を保つように心掛けた。

けれど、見上げた先輩は恍惚とした顔で私の頬に触れた。


「花香は誰にも渡さない。例え、ゆうくんにもレオくんにも」
「泉、先輩……」
「好きだよ。花香」


そう言って泉先輩が私に顔を近づけてきた。

抵抗しようにも今更手遅れで、泉先輩の気持ちに気づけなかった私が悪いのだと諦めにも似た感情を抱いた瞬間ー


「ちょっ、何アンタら!?離せってっ!!」
「あ……」

泉先輩がSPの方々に私から引き離された。

抵抗する泉先輩だけど、さすがにプロのSPには適うはずもなく、抑え込まれてしまった。


「花香。花香花香花香。花香は俺のこと好きだよねぇ?花香とコイツらは何の関わりあいもないんだよねぇ……?」
「い、泉先輩。その人達は英智先輩のSPの方々です。私がストーカーされているかもしれないと先輩に相談したら護衛して下さることになりました」
「……天祥院のやつ余計なことしてくれたねぇ」
「泉先輩。ストーカーは泉先輩なんですか?」


忌々しげに呟いた泉先輩に私は恐る恐る聞いた。


「ストーカー?俺は悪い虫から花香を守ってただけだけど」
「そ、うですか……」


ここ最近、私の後を着けていたのは泉先輩で間違いないようだ。


「でも、私そんなこと頼んでいません」
「いいんだよ。俺が好きでやったことなんだから」
「泉先輩」
「なぁに?」
「泉先輩は私のことが好きなんですか?恋愛の意味で」


真剣に聞けば、泉先輩はフリーズしたように固まり、やがて思いっきり叫んだ。


「はぁ?それ本気で聞いてるわけぇ!?」
「は、はい」
「なんで気づかないわけ!?誰がどう見ても俺、花香のこと好きでしょ!!」
「っ……!そう、ですよね……すみません」
「何それ。どういう意味の謝罪?気づかなくてすみません?それとも、俺のこと恋愛の意味では好きじゃないって意味のすみません?……いや、両方かなぁ」


そう言って自嘲気味に笑った泉先輩。

そんな先輩に私は謝ることしか出来なかった。


「私のせいでごめんなさい」
「謝らないでよ。もっと惨めになるでしょ〜?」


おどけた様な口調でそう言った泉先輩に私は自分のしたことの残酷さに胸が締め付けられた。


『わからないの?毎日のように好きでもない男の家に行くなんておかしいって言ってるの』

『アンタは自分を好きな奴らの気持ち考えたら?』


今までくまくんに言われた言葉が今になってやっと理解出来た。

こんなことになってしまってからではもう遅いけれど……。


「離して、あげてください」


私はSPの人達に泉先輩を解放してもらい、私は泉先輩に頭を下げた。


「本当にごめんなさい。私、泉先輩とは付き合えません」
「……うん」
「ごめんなさい。本当にごめんなさいっ!」
「いいって。そんな何回も謝られると傷つくし……それに、俺もごめん。勝手に後つけたり写真とったりして怖がらせたよねぇ?」


そう言って泉先輩は私の頭を優しく撫でた。

その優しさに涙が溢れてとまらなかった。

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