朔間凛月とプロデューサー
□どうして彼女が好きなのかと問いかけた
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教室での一件以来、くまくんは私にあまり関わってこなくなった。
なんだかそれが気になって、でも会いに行ったら嫌な思いをさせてしまいそうでしばらく、くまくんには会えなかった。
「嬢ちゃんや」
ふと、呼ばれて顔を上げればそこには転校してきてからずっと親切に世話を焼いてくれて尊敬している零先輩が優しい微笑みを浮かべ私を見つめていた。
「そんな暗い顔をしてどうしたんじゃ?何か悩み事かのう…?」
凄く美形な先輩から何処か力の抜ける口調で発せられる言葉。
この人のそばにいると私は酷く安心できる。
首をかしげて心配そうにしている零先輩に力なく抱き付けば「おっと」と驚きながらも私を優しく抱きしめてくれる。
優しく背中を撫でてくれる先輩に体重を預ければ零先輩は嬉しそうに笑った。
「くくっ。花香の嬢ちゃんが誰かに甘えるなんて珍しい」
「……すいません」
「いや、いいんじゃよ。いろいろとおぬしひとりでは疲れてしまうじゃろうて」
たまには寄りかかって誰かに甘えることも大事じゃよ。と優しく私に言い聞かせながら零先輩は私を抱きしめ頭を撫でてくれる。
何も聞かずに甘やかしてくれるのが凄く有難い。
「なんでも自分の思ったようには生きられない。完璧な人なんて存在しない。人は不完全な生き物だからのう。だからこそ、愛おしい」
「…………」
「嬢ちゃんが何を悩んでいるのかわからんけど、我輩からアドバイスじゃ。あまり難しく考えないようにのう」
そう言って私を抱きしめていた手を解いた零先輩は私から少し離れた。
「えっと、すいません。ありがとうございました」
先輩にみっともなく甘えてしまったことに頭を下げてお礼を言って顔を上げれば、零先輩は困ったように言った。
「う〜ん。頼ってくれるのは嬉しいんじゃけど、でもやっぱりちょっとは警戒してほしいのう…」
「……警戒、ですか?」
「そうじゃよ。転校してきてから散々言われたじゃろうけど……花香の嬢ちゃんは女で、我輩たちアイドル科の生徒は皆、男だからのう?」
頷いた私の頬に零先輩が手を伸ばした時ー
「どこに行きやがった!!!吸血鬼ヤロ〜!!!!」
という晃牙くんの怒鳴り声が聞こえ、しぶしぶといった様子で零先輩は私に別れの挨拶をして怒鳴り声の聞こえるほうに行ってしまった。
「兄者」
「お〜凛月ぅ〜!凛月が我輩を訪ねてくるなんて珍しいのう〜お兄ちゃんは嬉しいぞい♪」
イライラしながら確か兄者だった人の根城に足を向ければ、そいつはニコニコと俺を出迎えた。
「どうかしたのかのう?」
「白昼堂々、アンタがあの女を廊下のど真ん中で抱きしめた件なんだけどっ!」
そう言って乱暴に軽音部部室のドアを閉めれば、兄者は苦笑いを浮かべた。その締りのない表情にますます腹が立つ。
「あんま周りを煽る行動やめてよね。兄者がアイツを好きだろうがなんだろうが俺には関係ないけど、花香を好きな男はたくさんいるんだから」
「…………ほう」
俺の言葉に何故だか兄者が薄らとムカつく笑みを浮かべる。
けど、この人の一挙一動をいちいち気にしても仕方ないことは重々承知だから、口を止めてなんかやらない。
「アンタの軽はずみな行動のせいで花香に好意のある奴らはみんな意気消沈しておかしくなってるし、弟の俺に当たってくるやつもいて迷惑なわけ。わかる?」
「それはすまないことをしたのう。して、凛月や」
相変わらずなにを考えてんだかわからない表情のソイツは持っていたパックのトマトジュースを椅子の上に置いた。
その椅子の上に見覚えのありすぎるカツサンドも置いてあるのを見て、あの時のあの女の行動を思い返して嫌悪感に気持ち悪くなった。
「何故そんなに苛立ってるんじゃ?」
「は?」
「だって、そうじゃろう?嬢ちゃんのことが嫌いなら放って置けば良い。面倒事には関わらないのが一番じゃろう?」
「っ……話し聞いてた?俺に迷惑がかかってるからこうして軽はずみな行動をした兄者に文句言いに来たの」
睨みつければ兄者は呆れたように肩を竦め、やれやれと首を振った。
「迷惑って何がかのう?我輩が花香を抱きしめたことが?それともー」
ー衣更くんとの仲が更にギクシャクしたことかのう?
「このっ!」
「図星だったようじゃのう。風の噂で衣更くんと凛月が仲違いをしたと聞いてのう。その原因が嬢ちゃんだったようじゃから、今回の件で更に悪化してしまったようじゃの」
胸ぐらを掴んでいるにも関わらず兄者は涼しい顔で話している。
兄者の話しは正しい。
休み時間に寝ていた俺は昨日の一件で気まずいままなのに移動教室に連れて行ってくれるらしい優しくてお節介なま〜くんに引きずられて教室を出た。
少しずついつも通りの空気を取り戻し仲直り出来るかな〜という雰囲気の時。
兄者が花香を抱きしめているのを目撃した。
苛立たないと言ったら嘘になるけど、今はま〜くんをこの場に居させたくなくて、ショックを受けているま〜くんの腕を引っ張って「行こう?」と言ったらま〜くんに腕を振り払われた。
驚く俺にま〜くんは傷ついた顔で「凛月が邪魔するのは俺だけなんだな……」と言って俺を置いて走っていってしまったのだ。
わかってる。
兄者にあたりに来てしまっているということは。
「っ……なんで?なんであんな女のことが好きなの?ま〜くんも……兄者も……」
他にもたくさん花香を好きな人はたくさんいる。
なんで、好きって気持ちがわからないあんな寂しくて鈍くて残酷な女のことをみんな好きなの?
「凛月」
「…………」
「嬢ちゃんは人に好かれるに値する行動をした。優しさを持った女の子だということを……本当はわかってるんだろう?」
まっすぐ俺を見つめたまま兄者は言う。
「何故こんなに花香にイライラするのか、気に食わないのか、気になるのか」
「やめて。言わないで」
耳を塞ぎたかった。
けど、目の前の人はそれは許さないというような目で俺を見ていた。
そして『お兄ちゃん』は言う。
「花香のことが好きだからだろう?」
そう言って優しく微笑んだ兄の顔は少しだけ苦しそうに見えた。
あぁ、本当にこの人は馬鹿だ。
自分より他人を優先するからそんな苦しい思いをするんだ。
でも、そういう人だってわかっていながらこの人に答えを言わせた俺は狡くて最低だとそう思った。