僕と君の幸せな日々

□本当に仕方ない
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※カスパル出番多めです。










「リンハルト。ちょっといいか?」


夜遅く。

本来であれば寝ているであろう時間にカスパルは僕の部屋を訪ねて来て、何処か緊張したぎこちない表情でそう言った。

僕はそれに対して何か指摘することもせずただ頷き、歩き出したカスパルの背を追った。


「あの、さ……。俺、」
「知ってる。名無しさんのこと好きなんでしょ?」


暫く歩いた先でカスパルがぽつりと呟いた言葉を遮った。

なんとなく、なんの話しをするかなんて分かっていた。伊達に長い付き合いじゃないしね。

慌ててこっちを振り返ったカスパルは、昨日先生が「大量だ」と誇らしい顔で見せてきた鯛の鱗みたいに真っ赤な顔で、僕は思わず吹き出して笑ってしまった。


「な、なんで知ってるんだ?ていうか、笑うなよッ!俺がどれぐらい言おうか悩んだと思って……!」


照れ隠しに赤い顔のまま怒っていたカスパルが、はたとそこで言葉を止めて僕を凝視している。


「リンハルト……。なんて顔してるんだよ」
「えっ。なんのこと?」
「なんのことって……そんな、傷ついたみたいな顔してるのにそれはないだろ!」


……そんなこと言われたって自分が今どんな顔をしているかなんて、鏡もないのに分かるわけがない。


「カスパルにそう見えたなら、そうなんだろうね。だって僕も名無しさんのこと好きだし」


昔からカスパルはそうだ。

馬鹿で脳筋で、でも案外鋭くて……良いやつで。


「……ごめん。俺が考えなしで浮かれてて気づかなかった。お前も好きだったんだな…… 名無しさんのこと」


ほら、君だってつらそうな顔を誤魔化すみたいに笑うんだ。


「今更気づいたってもう遅いよ。カスパルにも誰にだって名無しさんは渡さないから」
「なっ!?リンハルト、お前なぁ…少しは遠慮とかないのかよ?」
「ないよ。君に対して遠慮なんてするわけないでしょ。それに仮に僕が遠慮なんかしたら怒るくせに」
「そ、そりゃあ……それで勝てても嬉しくないしな」


恋愛は勝ち負けじゃないと思うけど……まぁ、カスパルらしいか。

それに、僕らの相手はあの名無しさんなのだ。

周りのことには鋭い癖に、自分のことになると途端に鈍い彼女。

幼馴染みで距離の近い僕らの好意に全く気づいていないんだから、言われなくても遠慮なんてしている暇はないから。


「珍しく僕は本気だから。覚悟してよね」
「望むところだッ!それじゃあ、今日から俺とお前はライバルってことだな!」


そう笑って、カスパルは拳を突き出してきた。

僕はその行為になんの意味も必要性も感じないけれど、その拳に自身のそれを軽くぶつけた。

得意げに笑うカスパルに、まぁたまにはいいかと不思議と普段通りの空気に戻ったのが擽ったくて、けれど、心地好く感じた。


『カスパル、リンハルト…!』
「は!?名無しさん!?どうしてここに……」


声に弾かれるようにそちらを見れば、如雨露を片手に驚いた顔でこちらを見ている彼女の姿があった。

予想外の登場に、カスパルは治まったはずの顔色をまた真っ赤に染めてそわそわしている。

……好意に気づいた途端こうなんだからわかりやすいったらないよね。


『お花に水遣りしに行こうと思って……』
「こんな時間に…?」
『うん。一日に何回かあげなきゃならない花があるから』
「はぁ……。僕も行く。だから、これからは遅くに一人で出歩かないでよ」
『え、別にいいのに……。でも、ありがとう』


彼女が照れくさそうに笑った顔を見て、思わず口元が緩んだ。


「俺も行く!!」
『カスパルも…?』
「あ、あぁ…!名無しさんが育ててる花がどんなのか気になるしなっ!」
「……カスパルって花に興味あったっけ?」
「リンハルトは黙っとけよ!」


睨んできたカスパルを冷ややかに見下ろせば、間に名無しさんが割って入ってきた。


『わーっ!2人ともどうしたの?そんなに行きたいならみんなで行こう!ね?』


そう理由を斜め上に捉えた彼女が言って、僕らは結局、望んだ彼女との2人きりではなく、いつも通り3人で行くことになってしまうのだった。


『2人が喧嘩なんて珍しいね』


道中そう言って揶揄いまじりに笑う名無しさんはまさか原因が自分だなんて露ほども思っていないんだろう。

だけど、そんな君に振り回されるのが案外僕は好きなのかもしれない。

そうでなければ、とっくに名無しさんを追いかけるのは辞めているだろうから。


「……ほんとにね」


君もカスパルも、そしてどうしようもないくらいのこの気持ちも本当に。
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