僕と君の幸せな日々
□この関係に名称なんかなくたって
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『リンハルトって好きな人いる?』
僕が長年想いを寄せている幼馴染みの名無しさんは、本を読む僕の隣に腰掛けて、なんでもないような雑談をするみたいに僕にそう問い掛けてくる。
分かりきっていることだけど、名無しさんは自分に向けられる好意に鈍すぎる。
彼女が片想いしている相手だって、分かりやすく名無しさんを好きなのに全くその事に気づいていないしね。
「はぁ…。いきなり何?」
惚れた弱みで昔から彼女に激甘な僕は無視することも出来ずに本から顔を上げ、彼女の方を向いた。
僕とは対象的にあまり本を読まない彼女は、片手で頬杖をついて僕のことを見つめている。
その瞳は珍しい色をしているわけではないのに、僕の目はつい釘付けになってしまう。
『だって、浮いた話がひとつもなくて気になったから』
「僕だけじゃなくてカスパルだってそうでしょ」
『カスパルにはずっとあのままでいてほしいからそういうこと言うのやめて』
「君の中のカスパルはどれだけ神聖化されてるの?」
ていうか、カスパルは駄目で僕はいいんだ……。
なんだか癪に障って、名無しさんの頬を引っ張った。
『ちょっ…!いはぁい……ってばー!』
少し強めにしたせいか涙目で僕の手を掴んで止めようとする名無しさんに、加虐心を煽られてなんだかゾクゾクした。
確かに、SかMかでいったらSだとは思うけれど、……僕にそういう性癖はなかったはずなんだけどなぁ。
「ふふっ。可愛い」
ポロっと一粒溢れた涙を顔を寄せて舌先で舐めた。
僕の言動に途端に顔を真っ赤に染めあげる名無しさんはやっぱり可愛い。
「それで、僕に好きな人はいるのかって話だっけ?」
パッと彼女から手を離してそう聞けば、名無しさんは頬を擦りながらも、興味津々といった様子で見つめてきた。
「いるよ」
『え!?だ、誰……?』
少し慌てた様子でそう聞いてくる彼女に思ってた反応と違って、心拍数が上がった。
いると言うとは思っていなかったのか、複雑そうに表情を顰めた彼女にもしかして……と期待してしまう。
『私の知ってる人……?』
不安そうな問い掛けに僕は頷き返した。
「うん。知ってる人だよ」
だって、他の誰でもなく君自身のことだし。
『そ、そっか……。リンハルトはその人と付き合うの…?』
「どうだろうね。彼女は好きな人がいるみたいだから、付き合いたくても付き合えないかもしれない」
『……そうなんだ』
暗い表情で俯いた名無しさんを慰めるように、頭に軽く手を置いた。
「そんな顔しないでよ。僕は君のそばに居られればなんだっていいんだからさ」
『……え?』
「例え恋人になれなくても、ずっと幼馴染みのままだとしても名無しさんが僕のそばに居てくれるなら…」
目を真ん丸くして僕を凝視する彼女の頭を少し雑に撫でた。
そうしたかったから撫でたけれど、でももしかしたら……照れ隠しだったのかもしれない。
『リン……!』
彼女の頭を撫でていた僕の手を掴んだ名無しさんは、僕を真っ直ぐに見つめている。
『リンが好きなのって私……?』
少し必死さの滲むその表情を見て、僕のことを考えているからだと思うと、嬉しくて愛しくて思わず頬が緩んでしまう。
「……どうだと思う?」
呼ばれた愛称に気持ちが弾む。
発した声音は甘さを含んでおり、言わなくても好きだって気持ちが伝わってしまいそうなものだった。