僕と君の幸せな日々
□君が僕の心を離さないせいだよ
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『リン』
呼ばれて振り返る。
結んだ髪が翻るのが少し鬱陶しい。
『私、好きな人が出来たの』
そう頬を染めて照れたように笑みを浮かべる名無しさん。
……あぁ、もう何もかも全部めんどうだ。
彼女と僕とカスパルは幼馴染だ。
といっても、僕とカスパルと違って名無しさんとはずっと一緒にいたわけじゃない。
家庭の事情で王都の方に越して行った彼女とは士官学校で再会した。
だから、学級も彼女は青獅子の学級で僕とカスパルは黒鷲の学級で別々だ。
でも僕もカスパルもそんなことは気にしていない。彼女は確かに僕らの幼馴染だし、昔と変わらず接する。名無しさんもその方が嬉しいと笑った。
……笑う彼女にときめいた。
僕は名無しさんが好きなんだと思う。
彼女と離れ離れになった数年、彼女のことを忘れたことはなかった。
離れてから気づくなんて、我ながら馬鹿だなぁとは思うけど。
再会できて嬉しくて柄にもなく浮かれていたらこれだ。
なんとなく、わかっていたけれど。君が誰を見ているかなんて。
……認めたく、ないなぁ。
「それってどれぐらい?」
『え?』
「彼のことどれぐらい好きなの?」
じっと探るように瞳を見つめれば彼女は困惑した様子で僕を見つめ返してきた。
『どうしたの?リン』
「別にどうもしないよ。ただ気になったから。僕が名無しさんを好きな以上に君は彼のことを好きなのか」
『好きに決まって……って、え?リン、今なんて……』
「だから、僕が名無しさんを好きな以上に、」
『はい!?』
彼女が素っ頓狂な声を上げるものだから、なんだと思っていれば名無しさんの顔はみるみるうちに真っ赤に染まった。
『私のこと好きって、そんないつから……?』
「ずっと昔から…?」
『なんで疑問形…』
「いつ好きになったか僕自身わからないし……。でもそういうものじゃない?君しか好きになったことないからわからないけど」
『っ……でも、わ、私好きな人できて』
狼狽える彼女の肩に顔を埋めるように凭れた。
「わかってるよ。けど、それが分かっても僕の気持ちは消えないから、どうにかしてよ」
『ど、どうにかって……』
上擦った声に彼女の緊張が伝わってくる。
「冗談だよ。僕は僕で好きにさせてもらうから僕のことも見ててよ」
『そ、そんなこと言われて意識しない方が難しいよ……』
困りきった彼女の声。
突き放されないことに酷く安堵した。
脈がないならこんな反応しないよね。
「それは、少しは期待しても良いってこと?」
僕の言葉に『し、知らない』とつれないことを言う彼女に仕返しだとばかりに首筋に口付けた。
『っ!?!?』
バッと突き放されて羞恥に染った表情で僕に鋭い視線を向けた彼女に僕はわざとらしく笑いかけた。
「早く隠した方がいいんじゃない?誰か……特に君の好きな彼に見られる前に」
『も、もう…、リンっ!!!』
僕がつけたキスマークを手で押えて怒る彼女を僕は呑気にも怒った顔も好きだなぁと見ていた。