僕と君の幸せな日々
□君が好きだから
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※士官学校に入学してすぐの話。
ドロテアに呼びかけられて話しているところに名無しさんが通りかかった。
『っ……』
けれど、彼女は何やらつらそうな顔をしたかと思えば横を通り過ぎて行く。
何故そんな顔をしたのかは分からないけど、名無しさんが何処に行くかは検討はつく。
僕は話していたドロテアにひとこと断りを入れて、僕は彼女を追いかけるようにその場を去った。
「あ、やっぱりここに居た」
中庭で不貞腐れるようにしゃがんで猫を撫でまくっている背に声をかけると、振り返って僕を視界に捉えた彼女は慌てた様子で立ち上がった。
気持ち良さそうに寝転んで撫でられていた猫が彼女の足にもっと撫でろと言うように鳴いて擦り寄っているのを見て、少し笑ってしまうと何故僕が笑っているかわからない彼女は首を傾げた。
『なんで笑ってるの?……リ、リン…』
「ん?別に君に猫が懐いてるのが微笑ましいなって思っただけだよ」
『そ、そう……』
何故か頬を赤らめた彼女は僕から微妙に目を逸らして決して僕の目を見ない。
それがやけに気になって、僕は彼女に近寄ると名無しさんの足元の猫は逃げて行き、彼女が少し寂しそうな顔をした。
「僕も名無しさんが目を合わせてくれないと寂しいんだけど」
『えっ……?』
僕の言葉に短く驚いて、やっと彼女は僕の目を見た。
「何?僕、何かした?」
『べ、別にリン…は、何もしてないよ…』
「じゃあ、どうして?」
そう聞けば名無しさんは、はぁ……とため息を吐いたかと思えば、恥ずかしそうにまた顔を逸らした。
『ただ、私が勝手にモヤモヤしただけなの……ドロテアちゃんがリンハルトのこと、リンくんって呼ぶの聞いて……』
「え……?」
『小さい時は私もリンって呼んでたなぁとか、私以外にもリンハルトのことそういう風に呼ぶ子が現れたんだって思うと、なんか……』
……恥ずかしそうにぽつりぽつりと感情を吐露する彼女を僕は抱きしめて頭を撫でた。
そっか……。だからさっきリンって呼んだんだ。気にならなかったわけじゃない。
ただ、僕には呼び方なんて些細な問題だから。
「そんなの気にしなくて良いのに」
『……私は気になるもん』
「僕にとって大事なのはどう呼ぶかじゃなくて、誰に呼ばれるかだよ」
名無しさんはきょとんとした顔で僕を見つめた。
……昔から彼女は鈍いからもっとわかりやすく言わなきゃ伝わらないか。
「名無しさんに呼ばれるなら、リンハルトでもリンでも、嬉しいよ」
『……っ!?』
やっと理解したらしい彼女は驚いた後、まるで悩みなんか吹き飛んだと言わんばかりに眩しい笑みを浮かべた。
『確かに私もリンハルトに名前呼ばれると嬉しいかも』
かも。なんて曖昧なことを言って呼び方もリンハルトに戻した彼女はそっと僕から離れていく。
……本当は君より僕の方が気にしているのかもしれない。
「あれ?もうリンって呼んでくれないの?」
『は、恥ずかしいから良いの!呼び方はなんでも良いんじゃなかったの?』
「でも、僕のこと呼ぶ度に恥ずかしそうにしてる名無しさん可愛いし…」
『っ……絶対呼ばない……!』
「えー……」
僕の腕から逃げるように歩いていく彼女の背を追いかける。
先程、見た名無しさんの笑顔が脳裏に焼きついて離れない。
そんなこときっと知らない君は、足早に先を進んで行く。
その背を見失わないように、離れて行かないようについて行くけれど、今は振り返らないでほしいと思う。
……熱くなった顔を君にだけは見られたくないから。