短編

□お給仕日和
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5月10日。メイドの日夢です。













「あ、名無しさん。言われた通り殿下をお連れし……て……」
「アッシュ、どうした?……なっ!?!?」
『い、いらっしゃいませ。ご、ご主人様〜!』


もうこうなりゃヤケだ。

この時の私はもういっそ開き直ることでしか、精神を保てなかった。

身にまとっている給仕服は何故か支給箱に入っていたもので、一生着る予定はないと思っていたものだ。

それを今現在着ているのには、理由がある。

それも今考えると、我ながらしょうもない理由なんだけれど。

遡ること、数刻前……。





















今日の当番を確認した私は、花壇に水遣りをしていた。

のどかな昼下がり。

天気は快晴。

水を浴びる草花もなんだか嬉しそうで、私も気分が良かった。

葉や花弁についた水の雫が、キラキラ光って見えて綺麗。


『よし…!』


大きい種類の草花の水遣りに取り掛かる為にじょうろを片して、水道にホースを繋ぎ、蛇口を捻って水を放出した。その時 ー


「やぁ。名無しさん」
『わっ!?!?』
「おっ……と!?」


後ろからいきなり声をかけられて驚きながらも振り返った。

…………勢いよく水が出たホースを手にしたまま。

慌てて蛇口を閉めたけれど、時すでに遅し。

目の前にはなんとも言えない顔で水浸しになって途方に暮れた様子のシルヴァンがいた。


『その……シルヴァン。ごめん。大丈夫……?』
「あー…、いや。まぁ、驚かせちまった俺が悪いし、大丈夫……はっくしっ!!」


彼はくしゃみをした後、ぽたぽた水が滴る髪をかきあげて苦笑した。


「いや、本当に気にしないでくれ。この後、街で知り合った女の子とランチだから少しばかり気合い入れて髪をセットしたとか、また部屋に戻って着替えなきゃなぁとかは思ってるけど!ほんと、ぜんっぜん!気にしないでくれ!」
『…………あはは…。えっと、お詫びに私にできる限りのことはするよ』


気にしてくれと言わんばかりにわざとらしく気にしないでくれ!というシルヴァンに、私はそう言うしかなかった。


「えー、本当になんでも良いのか?」


あからさまにニヤニヤ嫌な笑みを浮かべるシルヴァンにもう嫌な予感しかしない。


『なんでも、とは言ってないけど……』
「うーん。そうだな。じゃあ、給仕服着てきてくれ」
『えっ!』
「ん?男子もあるなら、女子もあるかと思ったが違ったか?」
『た、確かにあるにはあるけど……』
「だよな!誰かが着てるのは見たことないが、俺の予想だと名無しさんはそういうの似合いそうだよなぁと」
『つまり、給仕服着てシルヴァンに見せれば良いの?』
「いや、俺にじゃなくて」
『?』
「それ着て、アッシュと殿下に給仕してくれ。面白…、いや、名無しさんは特に2人には世話になってるだろ?日頃のお礼ってことで!」



















というわけで、道中でアッシュに会って殿下を連れてくるように頼み、自室で給仕服に着替えてから、庭にお茶会の用意を整え、現在に至る。


「ご、ご主人様って……」


真っ赤な顔で慌てているアッシュ。

それと、私の姿を視界に入れてから、こちらを凝視し動かない殿下。



「ごほんっ!その、名無しさん。その格好は…」
『……やっぱり、似合ってないでしょうか?』
「いや、決してそんなことはないが…何故いきなりその服を…?」
『えっと、ちょっとシルヴァンの頼みを聞かなきゃならなくなりまして…』
「……はぁ。まったくあいつは…」


シルヴァンの名を私が口にした瞬間、頭を抱えた殿下の心労は計り知れない。

きっと今までも、シルヴァンの問題行動(主に女性関係)にイングリットちゃんやフェリクス同様、付き合いの長い殿下も悩まされているのだろう。


「えっと、その肝心のシルヴァンは?」
『あぁ、なんか街に女の子に会いに行っちゃったよ……』
「そ、そうなんだ…。それなら、名無しさんが僕と殿下を呼んだ理由は?」
『シルヴァンに2人にはお世話になってるから、お礼に給仕したらどうだって言われて、確かにそうだし僭越ながらお給仕しようかなって思って…』
「え!?」
「は?」


何故か頬を赤く染めた2人を不思議に思いつつも、突っ立ったままの2人の手前の椅子を引いて座るように促した。


『さぁ、お掛けください。2人のためだけにお茶のご用意を致しました』


私がそう言ったのを合図におずおずと椅子に座る2人。


「……なんだ。お給仕ってお茶会のだったんですね」
「あぁ、アッシュ。ウエイトレスのようなものだな…」


何やら雑談している2人の前のカップにそれぞれ2人が好きな紅茶を注げば、茶葉の良い香りも相まってか、2人の表情は幾分か和らいだ。


『どうぞ』
「ありがとう」
「…頂こう」


紅茶を口にした2人を交互に見遣れば「美味しい」と言ってくれたので、私は満足して、作ってきたクッキーを袋からお皿にうつして、テーブルの真ん中に置いた。


「えっと、このクッキーもしかして名無しさんの手作り…?」
『あ、うん。アッシュみたく上手にはできてないかもしれないけど…』
「そんなことないよ!形も綺麗にできてるし、良い匂いもするし……はむっ!ん……うん、凄く美味しいよ!」
「あ、ありがとう……料理上手なアッシュにそう言われると嬉しい。えっと、殿下はお口に合いましたか?」
「ん?……あぁ、もちろん」


何処か上の空の殿下が気になってそう問えば、こちらを見た殿下はそう答えて微笑んだ。


「それにしても、本当に給仕服が似合っているな。つい、見惚れてしまった」
『え…』
「冗談抜きで、俺が王になった暁には、名無しさんを雇いたいぐらいだ。それぐらい似合っている」


そうふざけているとは思えない真剣な眼差しで殿下に言われて、私の胸がドキッと一際大きく脈打った。

真意を探るように殿下の目を見つめても、本気なのか冗談なのかまったくわからない。


「ぼ、僕も!とても似合ってると思うよ!その、か、かわ…」
『川……?』
「可愛いと思う……!」
『っ………!?』


顔を真っ赤にしてそう大きめの声で口にしたアッシュのストレートな褒め言葉に、私は嬉しさと恥ずかしさで熱くなった頬を両手でおさえた。


「やはりアッシュもそう思うか。俺も可愛いと思うぞ。名無しさん」
「は、はい。殿下。こんなに可愛い服が似合うなんて、やっぱり名無しさんは凄く可愛いんだって、僕改めて実感しました」
『え…』
「確かにな。日々、本当に名無しさんの可愛さには驚かされるよ」
『ちょ…』
「どうかしたのか?」
『い、いえ…ナンデモ……』


2人は自分たちが何を言っているのか気づいていない様子で紅茶を嗜みながら、話に花を咲かせている。

一方、褒め殺しされた私は恥ずかしさで縮こまっていた。

…………次の日、会った2人が何処かぎこちない様子で話しかけてくるのを私はまだ知る余地もない。
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