短編
□ポッキーの日
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大遅刻ですが、ポッキーの日記念です。平和な世界線でお送りします。
苗木誠の場合。
「苗木くん。ポッキーゲームしてみない?」
「……えっ!?」
いきなりの私の提案に苗木くんは目を瞬かせた。
「え?なんて…?」
「だからー!ポッキーゲームしようよーって!」
「やっぱり…ってえぇ!?」
理解した後、一気に顔を真っ赤に染めた苗木くんは大袈裟に手をあちこちに振った後、気を取り直すように咳払いを1つしてから私に向き直った。
「本気なの?」
「うん」
「そっか。その、ボクは羽守さんが良いなら、良いよ」
恥ずかしそうにそう言った苗木くんに、私は喜びながら鞄からポッキーの箱を取り出した。
用意周到だなぁと笑う苗木くんに当然!と返して私は取り出したポッキーのチョコの方を苗木くんに向けた。
「はい」
「あ、ありがとう…」
恐る恐ると言った感じでポッキーを咥えた苗木くんに続いて反対側から私もポッキーを咥えた。
「っ……」
「……」
うん。これは思っていた以上に恥ずかしい。
お互いの顔が近すぎるし、進んでいった先が唇だということがわかっているから羞恥心がハンパない。
よかった。この空間に今二人しかいなくて…。
よかった。お昼休みとかにやろうって言いに行かなくて…。
うん。早く終わらせよう。こんなに恥ずかしいのは耐えられない。
そう思って苗木くんの目をみれば、さっきまで恥ずかしがっていた彼はそこにはいなかった。
そこには、仄かに染まった頬に熱のこもった眼差しを私に向ける苗木くんがいた。
「あ…っ」
気づいて離れようとした時にはもう遅く、苗木くんの手に両腕を掴まれて逃げられない。
ポッキーを食べ進める苗木くんにだんだん正常な判断が出来なくなってしまった私も、ポッキーを食べ始めた。
そして、あと少しで唇がくっつくというところで、パッと苗木くんが私の腕から手を離して離れていった。
「……え?」
「ふふ。羽守さん顔真っ赤だよ」
「ど、どういうこと?」
「羽守さんには、いつもからかわれてるからその仕返しだよ」
「も、もう!やられた…すっごいドキドキしちゃって悔しい…!」
悔しがる私に苗木くんは楽しそうに笑った。
「でも、ボクも大分ドキドキしちゃったからおあいこかな?」
「……リベンジ。もう一回やろう!」
「えぇ!?」
狛枝凪斗の場合。
「やぁ奇遇だね。夏菜さん。いや、もはや運命かな?」
街で大量のポッキーの入った袋を両手いっぱいに抱えて大変そうな狛枝くんとエンカウントしました。
彼と私の出会う確率はもはや異常で、私が休日に出かければ、必ず彼に遭遇する。
そのせいか、いつも遊ぶ友達には私のストーカーなんじゃないかと疑われている。
「こ、狛枝くん…。それどうしたの?」
とりあえず、恐る恐るそう声をかけてみた。
すると、話しかけてもらえて嬉しいというように瞳を輝かせた狛枝くんは抱えていた袋を落とし、私の手を握った。
「さっきスーパーの福引で当たった1年分のポッキーをどうしようか悩んだ不運は全部夏菜さんに心配して貰う幸運の為だったんだね…!」
「えぇ…」
握られた手と、狛枝くんの至極真剣な瞳に見つめられ私は困って目を逸らした。
…ち、近い。
無駄に整っている狛枝くんの顔と至近距離で聴く色気のある声はかなり心臓に悪い。
「その、ポッキーどうするの?」
「うーん。そうだなぁ。一旦家に持って帰って後日みんなに配ろうかな…。ボクからのプレゼントなんて迷惑だろうから良ければだけどね…」
あはは…と少し悲しげに笑う狛枝くんから握られたままの手をやんわり解いて、私は彼が落としたポッキーの入った袋を拾った。
「良ければ、少し貰ってもいい?」
「えっ!?」
「ダメ…?」
「い、いや…全然!むしろ、キミが望むならいくらでもあげるよ!その、本当にボクなんかから貰ってくれるの…?」
「狛枝くん」
私が名前を呼んだだけで、狛枝くんはビクリと大袈裟に反応する。
その顔は緊張するように強ばっていて、なんでこんなことに…と可笑しくなってしまう。
「ボクなんかじゃないよ。私は狛枝くんからだから貰いたいの」
「……ボクからだから?」
狛枝くんは大事なクラスメイトで、友達だしね。
困ってたら助けてあげたいし、ポッキーを貰えるのは嬉しいし。
「…っ、あ、その……」
私の言葉に何故か顔を真っ赤にした狛枝くんは言葉をつまらせながら、視線を慌ただしく彷徨わせた後、やがて真剣な顔で私を見つめてきた。
「ありがとう。ボクはそんな優しいキミが…、好きだよ」
「……え」
「ずっと夏菜さんのこと見てたから、キミもボクを特別に思ってくれていたなんて、嬉しいよ」
「あ、あの…狛枝くん?」
何か勘違いしている狛枝くんが今まで見たことない幸せな顔で微笑んで、私の手を再び握ってきた。
先ほどよりも丁寧にそして強く手を握られて、私は慌てて狛枝くんを見た。
「ふふっ。幸せすぎてこのあとに来る不運が恐いなぁ」
そんなこと言われたら、今更誤解だなんて言えない。
「夏菜さん。ボクが不運で死ぬ前にポッキーゲームしよっか」
そうずいっと私に近づいてきた狛枝くんに今度は私がポッキーの入った袋を地面に落とした。
いつもの自分を卑下して、私との接触しようものなら全力で謝罪する狛枝くんはどこへ行ったのやら、積極的な彼にドキリとしてしまった。
「あれ?夏菜さん顔が赤いよ…。可愛い…」
頼むから、耳元で囁かないで!
最原終一の場合。
「ポッキーゲームかぁ」
恋人同士だったらするのかなぁ。
11月11日。ポッキーの日である今日を世間のカップルはどう過ごすのだろうか。
いや、ポッキーゲームだよなぁ…多分、みんなやってるんだろうなぁ。わからないけれど。
私も最原くんと…、うん。やってみたい。やってみたいけど…。
思わず買ってきてしまったポッキーの箱を目前に私は項垂れた。
恥ずかしくてそんなの言い出せるわけない!
「うぅ…」
私は泣く泣く開けたポッキーを普通に食べはじめた。
横で真剣に本を読んでいる最原くんはそんな私の様子には気づいていないようで、ほっとしたような残念なような複雑な気持ちで、ポッキーを食べ進めていく。
「最原くん。その本面白い?」
「うん。最近読んだ中で一番だと思う」
「…そっか。私も読んでみようかなぁ」
「そう?じゃあ、読み終わったら羽守さんに貸すね」
本から顔を上げて目が合った最原くんは嬉しそうに笑った。
「あ…」
最原くんがポッキーを見て小さく声を上げた。
首を傾げる私に最原くんは何故か顔を赤くして、また本に視線を戻した。
「?」
気になる。気になるけれど、なんて聞いたらいいかわからなかった私は黙ってまたポッキーを食べはじめた。
「羽守さん」
「ん?」
最後の1本を口に入れた時に最原くんに声をかけられた。
「ポッキー貰ってもいいかな?」
「え、あ、ごめん。これで最後…。買いに行こっか?」
「ううん。それがいい」
「…えっ」
最原くんは私が口から離したポッキーを再び私に咥えさせて反対側から食べはじめた。
驚いた私は近づいてくる最原くんの綺麗な顔にパニックになりそうになりながら、されるがままギュッと目を瞑った。
しばらくして、唇に柔らかい感触がした後、私は目を開いた。
「……ごめん。羽守さんが可愛くて、つい…」
そう言って離れようとする最原くんの服の裾を離れていかないように掴んだ。
「謝らないで。私は嬉しかったよ」
「っ…!」
ギュッと強く抱きしめられて私もそっと抱きしめ返した。
「ほんと羽守さんが可愛すぎて困る…」
私も最原くんがカッコよすぎて困ります…。