□おやすみ
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声が聞きたい

いつもはこんなに強く思う事はないのに
どうしてか今日はその事ばかり考えてしまう
それはやっぱりお前から遠く離れてしまったからなんだろうな


少し前から日程に追加されていた泊りがけの出張
その当日になった今、大吾は自宅から遠く離れた地にいた

遠方の組織との盃の話し合い
そんな小難しく気を張り続けていた場から解放された大吾は、黒塗りの車の中で窓の外を眺めていた
同乗している秘書に気取られないよう、小さく溜息を吐くと口を開いた

「おい、そのままホテルに迎え」

突然の行き先変更に戸惑う秘書

「え?ですが飲みに出たいと…」
「やめだ。そんな気分じゃなくなった」
「は、はい」
「俺を送った後にお前達は出て構わない。くれぐれも問題だけは起こすな」
「はい」

秘書の返事を聞きつつ、大吾は腕時計に視線を落とす
短針が10の数字を超えていた
酒が入った事もあり、長引いてしまった話し合い
少し酔いの回っている頭でもしっかりと話を纏めてきた手腕はさすがと言えるだろう

が、一度気を緩めれば思い浮かぶのは彼女の事ばかりだった
自分自身の甘さに自嘲気味に笑った

ホテルに着くとすぐに部屋に戻る
頭を下げ、挨拶を言う秘書に言葉少なく返事をすると扉を閉めた

さっきまでとは違い、大き目な溜息を吐くとネクタイを緩める
部屋の時計を確認すると11時を回っていた
ポケットから携帯を取り出すと少し迷っているのかしばらく眺める

「(…もう寝てる、よな…)」

ベッドに携帯を放ると、スーツを脱ぎ始める
上着をソファに放った瞬間
ベッドの上で携帯が音を立てた
その短さからメールである事が予想され、ゆっくりとした動作でそれを手に取る

発信者を見て、少し動きを止めたが顔を緩ませた

―――――――――――――
起きてますか?
まだ仕事中だったらごめんね
何時でもいいかメール見たら電話ください

――――――――――――――

内容を確認するとベッドに腰かけ、すぐに電話をかける
少しのコール音の後に少し慌てた様子の彼女の声が聞こえた
どこか上ずったような声を発していた声に大吾は笑いを零した

「どうした?そんなに慌てて」
「だってこんなにすぐかかってくると思ってなかったから、ビックリしちゃって…」
「今じゃない方が良かったなら切るぞ?」
「い、いいです!今すぐが良かったです!」

彼女の反応が面白いのか笑った
さっまでの張りつめた雰囲気が嘘のように優しく笑っていた

「で、どうかしたのか?こんな時間に」
「…別にね、何かがあったわけじゃないんだけど」
「ああ」

少し間を置いて、彼女が言った言葉にさらに顔が緩んだ

「大吾がいないとベッドが広くて、…そしたらなんか声聞きたくなった」

自分の心が少し弾んだのがわかる
自分と同じ気持ちでいてくれたのが素直に嬉しかった

「そうか」
「ごめんね、そんな理由で」
「…いや、俺もそう思ってた」

大吾の言葉を聞いて少し黙ると、同じようにそっか、と返事をした

「…甘えん坊」
「いや、お前もだろ?」
「私は甘えてないもん」
「じゃあ切るぞ?」
「嘘、ごめん。甘えてます」

2人で穏やかに笑い合うと、少し他愛のない話をした
今日は何があった、とか
お土産は何がいいか、とか
本当に他愛のない話だった

楽しい時間が過ぎるのは早いもので、いつのまにか30分の時間が過ぎていた

「あ、もうこんな時間だね」

璃耶に言われて時計を見ると0時近くになっていた
思えばまだシャワーも浴びていなかったな、と自分の姿を見た

「…そろそろ切るか」
「うん、名残惜しいけどね」
「だな」
「あ、大吾」
「何だ?」
「スーツはちゃんとハンガーにかける事」

そう言われ、放った上着に目をやる
自分の行動を読まれていたのか、と嬉しいやら情けないやら、よくわからない気持を感じながら、ああ、と返事をする

「璃耶、土産楽しみにしてろ」
「はーい」
「明日は帰るから夜飯頼む」
「うん、いっぱい作って待ってるね」
「じゃあ、おやすみ璃耶」
「おやすみ大吾」

少しの間を置いて切れる通話
余韻に浸るように携帯を眺めていた大吾
どこか嬉しそうに微笑むと放り投げていたスーツをハンガーにかけに動き出す
言われたとおりにスーツをかけた後、そのままバスルームに向かった
洗面台に取り付けられた鏡をふ、と見て気が付く
いつから自分はこんなに緩い顔をするようになったのか
いつもの眉間に皺の寄った顔ではない威厳のない自分の顔を見て自嘲気味に笑う
どこか情けないようなくすぐったい気分になりながらも、どこか嬉しそうにシャワーを浴びるのだった

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