□傍に
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「ん…」

眠り続けていた大吾が薄っすらと眼を開いた
ぼやけた視界に見えたのは真っ白な天井と薄明り
窓からの光が差していない事から夜である事がわかる

「……」

朦朧とした頭で考えを巡らせていると右手に暖かい感覚がある事に気が付いた
視線を天井から降ろすと自分の傍らに顔を伏せて寝ている姿がある
自分の手を握ってくれているその手を優しく握り返した

「…んん…」

ゆっくりと顔を上げると辺りを見回す
数度瞬きをすると、寝ている堂島の方に視線を動かした
開いた瞳がこちらを見据えているのに気が付くと座っていた椅子から立ち上がる

「っ…大吾…」

驚いて動転しているのかはっきりとは発せない消えそうな声で名前を呼んだ
微かに優しく笑うと堂島も小さな声を発した

「…ずっと、いてくれたのか…?」
「うん。ちょっと待ってて…皆に知らせて…」

扉に向かっていこうとした彼女の手を握る

「っ…」
「少し…このままで…」

少し驚いていたが優しく手を握り返すといつもの緩い笑みを浮かべた
枕元に移動すると小さな声でも聞きとれるように少しかがんだ

「…痛くない?」
「…ああ。あれからどのくらい経ったんだ?」
「二日」
「そうか…」

少しの沈黙の後
彼女の手を握っている手にほんの少しだけ力が入る

「…なぁ」

首を傾げて見せると、ゆっくりと言葉を吐き出した

「…峯、は…?」
「………」

名前を聞いて少し視線を落とした
その様子を見て察したのであろう
小さく、そうか、と漏らした

「…やっぱり…」
「……」
「…夢、なんじゃないかと思ってたんだけどな…

ふ、と逆の方に顔を向けると、しっかり彼女の手を握った
それを見て、立ち上がると空いている手で彼の眼尻を優しくこする

「っ…」

驚いてこちらを向いた彼の眼から光る物が流れていた
優しく微笑んだ

「…私、バカだからこういう時どうしていいかわからないけど…今は私しかいないから」

そういうとまた彼の眼尻を優しく拭った

「今だけは…気を張らないで、我慢しないで…」

彼女の言葉を聞いて我慢しようとしていた物がこみ上げてくる
ボロボロと涙を零し、声を押し殺して泣いた
強く握ってくる手を両手で包み込み、彼の涙が止まるまで静かに待っていた

「……」

どれくらいそうしていただろう
しばらく沈黙が続いていた室内
少し落ち着いたのか涙は止まっていた
泣いていた自分が恥ずかしいのか堂島は顔をそらしている

その空気を破ったのは彼女の言葉だった

「…もう少し、眠った方がいいんじゃない?」
「……いや」
「でも今誰か呼んだら…」

腫れてしまった眼で泣いた事がバレる
そう言いたげな眼をしている彼女

「……」
「…一人がいい?」
「いや…」

否定の言葉を発した堂島
それを聞いた彼女は消えそうな掠れた声で言った

「傍にいていい?」

彼女の声
少し震えている手
その事に驚いて顔を見た

薄暗い灯りに反射する涙の筋
ボロボロと零れ落ちる滴が服に沁み込んでいく

「…璃耶っ」
「ごめんね」

謝ると片手で顔を隠した
俯いた彼女の顔は髪と手で隠されて見えなかったが
ポタポタと落ちる音が確かに堂島の耳には聞こえた

握られていた手を伸ばすと彼女の頭を自分の首元に抱いた
声を押し殺して泣く彼女は何度も彼の名前を呼んだ
優しく頭を撫でると堂島もまたこみ上げてきた涙を零した

「…このまま起きなかったらどうしようって」

彼に負担をかけないように寝間着を少し握る

「大吾がいなくなったらってずっと」

撫でていた頭を抱き寄せて額に口づけた
大丈夫だ
そう言って強く抱きしめた

「ごめんねっ…強くならないとダメなのに」
「今は二人だ。我慢するな」

ずっと我慢していたのだろう
止まらない涙が堂島の首筋を伝い流れていく

「傍にいさせて」

本当に消えてしまいそうな微かな声
あまりに弱い姿
普段は東城会六代目の妻として気丈に明るく振る舞っている
堂島大吾を支える柱として一緒に頑張ってくれているいつもの姿からは想像もできない程、今の彼女は儚いものだと感じていた

堂島の危篤
兄として慕っていた峯の死
東城会の内部抗争

色々な事が起こり過ぎたここ数日間
自分が眠っている間も必死に六代目の妻として母親の弥生と画策してくれていたであろう事を思うと堂島の胸は苦しくなった

でもそんな彼女がいてくれるからこそ、今の重圧に耐えられている自分がいる事
支えの無くなった自分がどうなってしまうか
そう考えるのが怖かった

甘えているのはわかっている
でもこの存在だけはどうしても手放す事はできない

あの日誓った支えあうという事
自分だけが支えられてばかりだと情けなく思う事もあった
そんな事ないと笑ってくれた彼女

傍にいてくれるだけで頑張れる
活力になる

だから、ずっと

ずっと傍にいてくれ

そう一言だけ呟くと、泣きじゃくる彼女の頭を優しく撫で続けるのだった

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