ワンライ(スタマイ)のお部屋(2017.10.1〜

□当たり前じゃない日常  (今大路峻BD) 2019-11-04
1ページ/1ページ


「峻さん、そろそろ出れます?」

ん、と時計を見るとちょうど短針と長針が重なったところだ。

「ええ、大丈夫ですよ」

デスクの上をザッと片付け、立ち上がる。

「じゃ、俺たちお先に休憩入りますんで」

末っ子気質の同僚は、遠慮なしに俺の背中に手を当てながら、行きましょう、とドアを開けた。


「玲ちゃんも一緒に来れたら良かったんですけどねー」

馴染みの喫茶店で、おしぼりで手を拭きながらチラリと目線を寄越す。

「そうですね、でも中断させるのは申し訳ないですし」
「樹さんも人が悪いな、こんな日に」

玲は朝から青山さんの補佐として、俺たちとは別の案件に当たっている。やる気満々の顔で仕事に打ち込んでいる姿は、本当に眩しいくらいだ。

「峻さん、変わりましたね…」
「え?」
「前は、玲ちゃんの話題を振っても表情ひとつ変えなかったのに」

…待て、それは今、顔に出てるってことか?

若干の動揺を悟られないように
「そうですか?夏目くんって僕のことよく見てくれてますよね」
「まぁ、それなりに」

…何がそれなりに、だ。面白おかしくガッツリ見てんだろーが。
お互い、以前は他人に興味なんかなかったはずだ。世話焼きの青山さんや、心配症の関さんならともかく。

ランチセットを2つ頼み、そして食べ終わりと同時に運ばれてきたのは、小さなガトーショコラ。誕生日だと伝えたグループへのサービスなんだそうだ。

「夏目くんのが来ませんね」
「あー、俺のは無理言って持ち帰りに包んでもらったんで」

峻さんはお先に、と促され、スプーンをそっと差し入れる。口へ運ぶと、程よい甘みと苦味。

「ホント、変わりましたよね…」

美味しい、って顔に出てますよ、と言われ。
そんなにわかりやすいか今の俺は…だとしたら、間違いなくアイツのせいだ。

「玲ちゃんのおかげですね」
「そういうことにしておきましょうか」
「うわ、さり気なく惚気けですか?」

嬉しそうに笑いながらじっと見られると、むず痒くて、胸クソわりぃ。
…でも、不快じゃない…

「そういう夏目くんも変わりましたよ。誰かと仲良くランチ、なんて以前は面倒だったでしょう?」

悔し紛れにそう言うと

「あー、確かにそうですね。でも峻さんといるのは居心地いいんで」

…なんだそれ。
俺の黒王子な部分を見せたら、そんな事言えねーぞ、と思う反面。
見せても案外平気なんじゃねーか?と思ったり。

店を出て、午後からの業務の話をしながらの戻り道。
アイツへ差し入れるつもりの小箱を大事に抱えた同僚。
しょうがねーな、と思いながら、当たり前に過ぎていく日々に今日だけは…感謝するか。

……裏切り、捨て去ろうとした全てのものたちへの感謝を。



2019-11-04

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ