ワンライのお部屋2(2017.4〜2018.3)

□ ホワイトデー (大人の初恋はじめます/日高綾斗・御園一弥)  2018.3.10
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今日はホワイトデー。

ずっと気になっていた同僚にチョコを渡したのが、ちょうど1ヶ月前。それ以来、挨拶だけじゃなく、少しずつ話をする機会も増えて。

今朝は髪も丁寧に巻いて、いつもより早い電車で出勤した。そして、朝イチにお返しをもらい、一日中浮かれていた。

…帰りがけに彼の姿を見つけるまでは。

彼と手を繋いで歩いていたのは、後輩の子。彼女の手には、私が彼からもらったのよりも大きな紙袋。有名パティスリーのロゴ入り。

(なんだぁ…そういうことか…)

少しは期待していたんだなぁ、と思う。
でも、彼が選んだのは私じゃなかったんだ。

まっすぐ帰りたくなくて。
いつもなら行くことのない繁華街へと、無意識に向かっていた。

しばらく歩くと、落ち着いた色合いの重厚なドアが目に付いた。
(何のお店だろう?)

近づいたちょうどその時、ドアが開いて。顔を出したのは綺麗な顔をした男の人。

「いらっしゃいませ、ようこそ」
「あっ、いえ、あの私…」
「おひとりですか?本日はホワイトデー企画なんで、初めての方でもご案内致しますよ」

華やかなスーツを纏ったその男性は、アヤさんという名前で、そしてここがホストクラブだということは、入店してから知った。

(どうしよう、失恋したからってまさかホストクラブに来ることになるなんて!お金、お金だってそんなに持ってきてないよ)

緊張しながら席についたものの、いろんな事が気になって落ち着かない。当たり前だけど、男性は皆イケメン。店内のインテリアも、調度品も、グラスに至るまで何もかにもがキラキラしている。

「こういう店は初めて?」
アヤさんが気さくに話かけてくれる。

「そ、そうなんです。煌びやかすぎて、私には場違いっていうか。」
「そんなことないって。女の子のためのお店なんだから、楽しんでってほしーなー」
「いや、でも、ほんと私みたいなのが」
「お店をのぞいてくれてた仕草、可愛かったよ?」
「いえいえ私なんか!」
「ほんと可愛かったから声かけたんだけどな」
「私なんて、今日失恋したばっかですし」

そんなやりとりを打ち切るかのように。

「さっきから聞いていれば、しつこいやつだな。私なんか?自分を卑下して楽しいかお前」

え?
この場に相応しくない物言いと、冷めた声。
アヤさんと共に席についてくれた、もう1人のホストさん。

「えっと、今のは…私への言葉ですか?」

初対面で、いきなりこんな事を言われ面食らう。ホストクラブは初めてだけど、一般的な情報によれば、ホストは女の子をいい気分にさせてくれる存在では?

「このテーブルにいる女はお前だけだろう」
「…そうですけど…」
「何か言いたげだな」

非難めいた口調と、蔑むような目つき。
優しさのカケラもないような表情なのに、アヤさんとはまた違った色気。

「あぁ、ごめんね。こいつ、いつもこんな口調なの。悪気はないからさ」
右手でゴメン、のポーズをとりながら、アヤさんがフォローしてくれる。

なのに、
「こんな口調で悪かったな。だけど本当のことだろ」
「初めての子には言い方気をつけろ、って言ってるだろー、イチ」

イチと呼ばれたその人は、まったく悪びれる様子もなくこっちを見ている。

(なに、この人!失礼だしホストらしくない!)

せっかくお金を払うのなら、楽しく飲みたい。
そう思い、私はアヤさんとだけ会話を続けた。
時々ちらり、とイチさんの方を見てみるも、全然興味がないのか、こちらを見る様子もない。

(なんか面白くない!別にチヤホヤされたい訳じゃないけど)

アヤさんは優しかった。私の失恋話をうんうんと聞いてくれて、運命の人はどこかにいるよ、それが彼じゃなかっただけだよ、と慰めてくれた。

お酒も入って少しいい気分になってきた時。
アヤさんは、別のテーブルに呼ばれてしまった。
「また戻るからさ、ちょっと待ってな」

そう言われても。
今、このテーブルには私とイチさんの2人。
私の、イチさんの印象は最悪。
そして、イチさんは相変わらずの冷めた目で私を見ている。
こんなんで、会話なんか弾むわけがない。

「私、そろそろ帰ります」
「都合が悪くなると逃げるのか」
「逃げ?!」
「嫌な事には蓋をして、現実を見ないタイプだろ、お前」
「なっ!」

何でそんなこと言われなきゃならないの?

「あの、私とイチさんって、今日が初対面ですよね?なんか、ひどい言われようなんですけど」
「事実を言っているだけだ。お前の周りには、現実を知らせてくれる人はいないのか」
「そういうことを言っているのではなくてですね」
「あぁ、お前がいい歳した夢追いオンナだって?」

イチさんの嫌味口調にも拍車がかかり、私もだんだん腹がたってきた。

「ホストって、夢を見させてくれるんじゃないんですか?」
「最初から夢見てるやつは、覚まさせないと次の夢が見られないだろ」
「次の夢?」
「お前、今のままでいいのか。後輩に抜け駆けされて泣き寝入りか」

言われてみれば、確かにそうだ。
このままじゃ、次に進めない。

「もしかして、励ましてくれてます?」
「は?何で俺が励まさなければならないんだ」

前言撤回。

「少しだけいい人かな、って見直したのに!」
「お前にいい人だと見直される必要はない。だいたい、こんな所で愚痴言う暇があったら、他にすることがあるだろう。自分で動きもせず、王子様を待ってるつもりか」

悔しい…!けど、そのとおりすぎて反論出来ない。

「なんだ、今度はダンマリか」
「正論すぎて…凹んでいます…」

さっきまでの厳しい表情がフッと緩み、頭にポンと手が置かれる。

「な、なんですか!」
「わかったら、もうここには来るなよ」

子どもを諭すような目で顔をのぞき込まれ、一瞬、息が止まる。

(そんな表情できるんだ…ちょっと…それ反則…)

ちょうどそこへ、アヤさんが戻ってきた。
その途端、元の厳しい顔つきになって。

「俺は戻る」
「あー、悪かったな任せきりで。キミも、ゴメンね。でも、イチと会話弾んでたよね?」

弾んでた…のだろうか?

「いえ、ただ言い合いをしてただけです」
「ハハッ。でもチェンジしなかったじゃん?それに、アイツがあんなに会話するの珍しいんだよなー」
「そうなんですか?」
「そうそう!自分のためにしか動かないようなヤツだからさー」

…思いっきり皮肉言われましたけど…

「やっぱりキミ、似てんだよな」
「…誰にですか?」
「イチの彼女」
「ええーっ?って、個人情報!!ホストの個人情報、客に漏らしていいんですかっ?」
「あぁ、ゴメンゴメン。アイツね、今日助っ人で入ってもらったんだ。本職は別だよ」

助っ人、ってことは普段はいないんだ…

「どうりで…ホストらしくないと思いました」
「やっぱりそう思ったかー。ま、アイツに懲りずに、また来てよ」
「いえ、もう来ません。…イチさんに、もう来るなって言われましたから」
「残念。でも、それがいいかもな。キミ、店に来た時よりも今、ずっといい顔してる」
「そう、ですか?」
「その表情を引き出したのが、オレじゃないのが癪だけど」

そう言われて気がついた。
確かに私、来た時ほど滅入ってない…?
そして、前向きになれている…

「今日、ここに来られて良かったです。あの、イチさんにもよろしく伝えて下さい。って、向こうはよろしくされたくないでしょうけど」
「短時間で、だいぶ分かってんじゃん。了解了解!」

そうして、私は店をあとにした。
結局、最後は見送ってもくれなかったイチさんだけど。何故かそれが、彼の最大限の優しさのようにも思えて。

(チョロいな、私って)

そう思いながらも、不思議ともう嫌な気分にはならなかった。
……最悪のホワイトデーを、スッキリ流すことができた奇妙な出会いに感謝して。



2018-03-12

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