ワンライのお部屋2(2017.4〜2018.3)
□ 挙動不審 (大人の初恋はじめます/御園一弥) 2018.2.17
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思っていたより早く仕事が終わった。
このまま帰ってもいいが、朝のあの様子からすると、きっとまだ結衣は塞いでいるだろうと思い。
(手土産でも買っていくとするか)
結衣の好きそうなものといえば、やはり甘いものしか思い浮かばなかった。
(この俺が、ご機嫌取りとはな)
あんな気落ちしたような顔を、いつまでもさせたくはなかった。
子どもの頃のことを後悔するのは。
思い出して、残念な気持ちになるのは。
(そんなのは、俺だけでいい。結衣が、気まずく感じる必要なんてない)
とはいえ。
今日の百貨店は、きっと混雑しているだろう。
少し癪だが、八雲の店に寄ることにした。
ケーキでも、と軽く考えていた俺は。
ショーケースを見つめ、途方にくれていた。
(たかがケーキと思っていたが、こんなに種類があるとは・・・そもそも、結衣はどんなものが好みなんだ?)
シンプルなショートケーキをはじめ、フルーツがたくさん飾り付けられたもの、一面チョコでコーティングされたものなど···
見れば見るほど、どれを買ったらいいのか迷う。後から来た客は、さっさと決めて買って行くというのに···
店員も、気の毒な目でこちらの様子をうかがっているのが伝わってくる。
どうにも自分がいたたまれなくなった、その時。
「ショーケースの前で、ケーキをそんな顔でガン見するの、やめてくんない?」
パティシエ姿の八雲が、奥から顔を覗かせる。
「見てたなら、さっさと客の応対しろ」
「偉っそうな客。で、何なわけ?スーツ姿の男が、長時間ケーキを見つめてるなんて、挙動不審でしかないんだけど」
「···お前のオススメはどれなんだ?」
「店に出してんだから、全部オススメに決まってるでしょ。ああ、もしかして、ミケへのお土産ってやつ?」
八雲は、結衣を高校時代と同じようにあだ名で呼ぶ。
「人の彼女を、猫のように呼ぶな」
「ミケはミケじゃん。そんなこと気にするんだ、御園も。意外と···」
意外と、何だっていうんだ。
思わず睨みつけるも、八雲は気にしていないようで。
「ミケなら、これが好きじゃん。あと、この辺とか。あ、コレ新作だから食べて感想聞かせてほしいかな」
あんなに見てても選べなかったケーキが、八雲の手によって、箱に収められていく。しかも、結衣の好みを完璧に把握してるとは。
(まだまだ、俺は知らないことばかりだ)
自分にこっそりため息をついたとき。
八雲が、ケーキの箱を渡してきた。
「せっかくなんだから、笑顔で渡してやってよね」
「言われなくても、今日は、そうするつもりだ」
そう言って箱を受け取り、家路を急ぐ。
家に入ると、ほんのりと甘い香りがした。
夕食を作って待っているとは言っていたが···もしかして、デザートもあるのだろうかと仄かな期待をしつつも。顔には出さないように部屋に入る。
「あっ、一弥おかえり!早かったね」
そう言いながら、何かを隠すような素振り。
「まるで早かったらマズいような言い方だな」
「そういうつもりじゃないんだけど、ちょっと、まだ出来てないっていうか」
「出来てない?」
結衣の体を自分に引き寄せ、慌てたその隙にカウンターの上を見ると。
「プリン?」
「サプライズにしようと思ってたのに!昔、マコ兄に作ったのよりは上手く出来たよ···あと、クッキーも···」
やはり、先日のことを気に病んでいたのか。
「別にいいと言っただろう」
「私が嫌だったんだもん!だから···」
俺のために、結衣が。そう思うだけで、昔のことなんてどうでもいい程、満たされていく。
「このお人好しめ」
「そういう一弥こそ。その箱は八雲くんのお店のだよね?わざわざ買ってきてくれたの?」
「いや、これはだな···」
突然切り込まれて、うまい返事が出来ないでいると。
「一弥は普段厳しいけど、1度緩むと、とことん優しいよね···そういうの、子どもの頃は気付けなかったけど」
さらに、返事に困るような言葉をもらい、動けなくなる。少し前まで、幼なじみ達や八雲に抱いていた思いなど、どこかへ消え失せて。
自分の奥に潜む不安や劣等感は、いつもこうして結衣の言葉ひとつで取り払われるのだと。
改めて、実感しつつ。
夕食後の、甘いひとときに思いを馳せた。
2018-02-24