ワンライのお部屋1(2016.4〜2017.3)

□ 大切な時間 (あの夜からキミに恋してた/大久保剛) 2017.2.25
1ページ/1ページ


「それは・・・無理です。」

突然告げられた言葉に、時が止まった、ような気がした。




友人の披露宴の帰り、恋人が働いているBarに立ち寄った。

遠距離を実らせた友人の晴れ姿に、涙でいっぱいだった私は、会場ではほとんど飲んでいない。
二次会の誘いもそれとなくかわし、この幸せな気分を恋人と早く分かち合いたかった。
披露宴の様子、美味しかったお料理、友人たちとの会話。
そんなものを、延々と聞かせたくて。

彼はいつも聞き上手だ。
自分の意見はあまり表に出さず、こちらの話を真剣に聞いてくれる。
話しやすい相手、とでもいうのか。
とにかく私は、彼に話を聞いてもらうのが好きだ。

愛しい彼を見ながら。声を聞きながら。
友人の嬉しそうな姿を思い出し、再度幸せな余韻に浸る。
そして、彼が作ってくれる美味しいお酒。

そんな雰囲気に酔っていたんだと思う。
普段ならば、口にしないような言葉を言ってしまったのだ、私は。

「私たちも、いつかは、ね。」


冗談で返してくれると思っていた。
肯定の返事はなくても、なんとなく話を繋いでくれるものだと・・・


だけど彼の口から発せられたのは、思ってもみなかった否定の言葉だった。




どうやって帰ってきたのか覚えていない。

ただただ思うのは、「どうして・・・」


うまくいっていると思っていた。
世間では水商売などと言われているが、仕事に向き合う彼は、真面目で誠実で。
そして二人きりのときは優しくて。
それなりに体も重ねた。
私の仕事にも理解があって、愚痴だって聞いてくれて。励ましてくれて、頭を撫でてくれて。

具体的な将来の話は、まだした事が無かったけれど、当然の様にいつかそうなるだろうと勝手に思っていた。
そう、勝手に・・・。


何でも話せる親友に、以前言われたことがある。

「年下のバーテン?それはムリでしょ。3Bのひとつだよ、ムリムリ!」

「え、そうかなぁ。年下っていっても片手の範囲内だし、バーテンはバイトだし。」

「そうかもしれないけど・・・生活とかどうすんの?時間だってすれ違うだろうし、言いたくないけど経済力・・・」

「ま、それもそうか。だから今はムリでも、いつかは、ね。」


そんなのん気な会話をしていたのは、いつのことだったか。
現実に『無理なんだ』と知らされる時のことなど、これっぽっちも考えてなくて・・・

ああ、明日が休みで良かった。
この気持ちを整理するには、たった一晩じゃ足りないから・・・



*******



週明け。
なんとか気持ちを切り替え、普段どおりの生活を始める。

私の心の都合に合わせて時間が動くはずもなく。
必死に追いかけていかなければならないわけで。

私は決心をしていた。
もう一度、彼に会って話をしようと。
そして、Barの閉店時間をねらうように彼を訪ねた。


「もう、来てくれないと思ってました。」

私の顔を見るなり、彼はそう言った。

「この前の・・・俺の言葉だけど・・・」

きた。
覚悟はできている。何を言われても受け止めようと、私はハイスツールに座りなおした。

「無理、って言ったのは、俺は『この仕事』をやめることが無理、という意味です。」

え、と彼を見る。

「将来のこと・・・俺の仕事のことを気にしているんでしょう?
俺は今のところ、この仕事をやめるつもりはないんです。」

それから、剛くんは自分のことを話し始めた。
多分、今までこんなに話してくれたことは無いと思う。

「いろんな人、いろんなそれぞれの人生がある中で、ここで知り合って会話をして。
一瞬でも日常を忘れて楽になったり、反対にここで大事な何かに気がついていったり。
そんな人間模様というか、人間観察、そういうのが好きなんです。
自分自身も、まだまだどんな人間か試行錯誤で、未完成だから。
俺にとって、人を感じられるこの時間が、空間が大切で。」

そして、ゆっくりと私に視線を移す。

「もちろん、結衣さんと過ごす時間も大切には変わりないけど・・・
ただ、今はどちらかを優先、ということができなくて。」


剛くんのこんな思いを、私は聞いたことがなかった。
というか、会えばいつも自分ばかり話していて、少しでも彼の話を聞いたことがあった?
理解しようとしたことがあった?


「ゴメン、ごめんね。今までの私、ちっともわかってなかった。
剛くんのこと、ちゃんと知りもしないでいつかは・・なんて、本当に恥ずかしい。」

「俺も、こんなこと言ったらもう会ってもらえないと思って、言えなかったから・・。
あなたを傷つけてしまったこと、謝ります。だから、これからの事は、結衣さんがどうしたいか決めて・・」

ずるいよ、剛くん。そんなこと言われた時点で、結末はもう決まってるよね。
それ以上、聞きたくなくて。強引に話を遮った。

「・・・私は、お互い必要とされていると思いたかった・・・」

「でも、私の思いは一方的でしかなかった。
カッコイイから、好きだから、適齢期だから、そんな薄っぺらな思いで未来を語ろうとして。
剛くんのたった一言に、見事にはがされてしまったの。
剛くんとの今までは、私にとって大切な時間だったよ。大切なことに気がつかせてくれてありがとう。」



涙が落ちないうちにと、一気にここまで言い切って。

「最後、言いにくいこと言わせたくないから、もう行くね。」

「結衣さん。」


呼び止めないで。名前を呼ばないで。
振り返りたくない。
でも、彼の誠意に答えるためには、もう一度振り返らなくては。

「何?」

「お店には・・・いつでもいらして下さいね。
結衣さんの好きなお酒、用意して待っていますから。」

「・・・ありがとう。」


その優しさは、今は残酷だよと思いながら。

「バイバイ、剛くん。」


今までありがとう。
新しい私をつくるきっかけを与えてくれてありがとう。

これ以上は伝えられない、たくさんの思いと言葉を飲み込んで。
私はBarを後にした。



2017-02-25

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ