ワンライのお部屋1(2016.4〜2017.3)

□ 迷子  (あの夜からキミに恋してた/葉山拓) 2017.2.18
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葉山さんが神戸から帰ってくる週末、私は一人、Storm Barにいた。

「今週は拓さん、帰ってくるんですね。」

「え、剛くん、どうして?」

「だって、結衣さん、すごく晴れやかな顔しているから。」

会える、嬉しい、そんな思いが知らずに顔に出ていたのだろうか。
ニヤニヤしていたかもしれない。そんな顔を、剛くんに見られ、見抜かれてしまった。

少しの気恥ずかしさはあったけど、実際嬉しいのだから仕方がない。
一人でソワソワする気持ちを落ち着けようと、ここに来たのだけど、結局は同じことだった。

「うん・・・何ていうか、待ちきれなくて。一人で悶々とするより、剛くんと話をしたいなぁって。」

「俺と話がしたいっていうより、俺と『拓さんの話をしたい』ですよね?」

そう言って、剛くんは笑う。

私と葉山さんのことを知っているからというのもあって、剛くんとの会話は楽しい。
仕事で疲れていても、葉山さんと会えなくてさみしくても、ここに来ると少しだけホッとできる。

気が置けない相手とでもいうのかな。
葉山さんの話も、剛くん相手だと素直に吐き出せる。



「何か作りましょうか?」

「うん、じゃハイボールをお願い。」

「わかりました。」

カウンターで、氷をグラスに落とす音がする。
そして、ウイスキーを注ぐ音。カツン、カツンとステアする音に続いて、ソーダの注がれる音。

剛くんの長い指。出来上がったそれは、流れるような仕草で目の前に運ばれる。

「どうぞ。」

丁寧につくられたそれを喉に落とすと、ふわぁと立ち昇る香り。
ハイボールが、こんなに味わい深いものだということは、この店で初めて知った。

「やっぱり、剛くんの作るハイボールは美味しい!」

「ありがとうございます。」

「ハイボールってビール代わりにぷはー、って飲む印象があったんだけど、剛くんのは違うね。」

「そうですか?好きなように飲んでいいと思いますよ。最近はいろんなアレンジがあるし。」

アレンジ?炭酸で割るだけじゃないの?とりあえずウイスキーの手軽な飲み方のひとつかと思っていた。

「例えば、どんな?」

「そうですね・・ライムをいれてみたりとか、オレンジピールを入れたりとか。
飲みやすくするために、オレンジジュースを入れるレシピなんかもありますよ。」

「へぇぇ・・・。甘い感じより、すっきりした方が好みなんだけど、他には?」

「ミントを入れてみるとか・・。あとは、敢えて氷を入れないレシピとかかな。
その分、酔うのが早いかもしれませんね。」

「あまりキツいのはダメダメ。酔っ払って記憶なくして、迷子になっちゃう。」



そんな会話をしていると。

「楽しそうですね。俺も、話に加わってもいいでしょうか?」

私の感情を揺さぶるこの声、この香り。

「葉山さん!いつ帰ってきたんですか?てっきり明日だと・・・」

「彼女がね、少しでも早く会いたいんじゃないかと思って来てみたんだけど。
俺がいなくても、案外楽しそうにやってるみたいなんでね。」

「もう!わざとそんなふうに言わないでください!」

「まあ、怒るなって。んで、楽しそうに何の話してたわけ?」

「ハイボールのレシピをいろいろ聞いていたんです。」

「お前、ハイボール好きだな。・・・初めて向き合って飲んだ日も、それ飲んでたよな。」

葉山さんの目が細められる。口調は素っ気無いけど、私を見下ろすその目は、ひどく優しくて。
初めてのときのことを、こんなに穏やかに語れるようになった自分たちの関係も嬉しくて。


「結衣さんに、飲み口すっきりのレシピを紹介したら、あまりキツイのはだめだと。」

「当たり前だ。結衣には前科があるからな。」

ククッと意地悪そうな笑みを浮かべ、隣に腰掛ける。

「剛、俺にも同じものを。」

そう言う葉山さんの声。横顔。久しぶりに会うせいか、直視できない。

「・・・おかえりなさい。明日まで会えないと思ってたので、すごく嬉しいです。」

「仕事が早く区切りついたからな。お前の寂しがってる姿も想像できたし。
そう思って来て見れば・・・なんだよ、剛と楽しそうにしやがって。」

ちょっとだけ、むっとしたような余裕の無い顔。それは付き合ってから見ることができた、葉山さんの新しい表情のひとつだ。

「楽しそう、って。わずか数分の会話だけですよ?」

「・・・それでも、嫌なんだよ。お前は黙って俺のことだけ考えてろ。」

珍しく、彼の口から出た本音に、私の方がドキドキしてしまう。
何て言葉を返したらいいのか思い浮かばず、グラスの中身をぐいっと煽る。

「もう、私が何を考えてるかなんてお見通しのくせに・・・。」

「まあな。酔っ払っても、迷子にならないよう俺が送り届けてやるから。
そのかわり、キツい酒は俺と一緒の時以外は、禁止な。」

「わ、わかってますよ・・・。」

「どうだか。剛、お前にも言っとく。勝手に強い酒、飲ますんじゃねーぞ。」


相変わらずぶっきらぼうな物言いだけど、すごく愛情を感じて。
その夜は二人、いつもより強いお酒で乾杯をしたのだった。


2017-02-19

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