ワンライのお部屋1(2016.4〜2017.3)
□ 甘え下手 (教師たちの秘密の放課後/神狩真一) 2017.2.11
1ページ/1ページ
「猫の手も借りたい」
現状を言葉で表すなら、まさにこんな感じなのだろう。
だが実際は、猫なんかじゃ解決されることはないわけで。
猫が無能だと言っている訳ではない。
ただ、この忙しさを何とかできるのは自分しかいないのだ。
心のどこかで、人に頼ってはいけない、甘えてはいけない、そんな思いが常にあったような気がする。
同僚は皆、優秀なメンバーで恵まれていると思う。
こちらから指示を出せば、そのとおりに動いてくれる。
頼もしい。信頼できる方々だと思っている。
なのに、最終的には自分で確認しないと気がすまない。
そういう性分なのか、学年主任という肩書きがそうさせているのか・・・
期末考査の真っ只中。
気持ちは疲れていないつもりでも、体はかなり疲労していた。
(今日の昼食は菓子パンだけだったし・・そろそろちゃんとした物を食べないとな・・・)
そんな事を考えながら、自宅へ戻ると・・・
(なんだ、あれは)
ドアの前に小さなかばんのような物が置いてあった。
近づいて手にとって見ると、しっとりと重い。
部屋に入り、中を開けてみると、出てきたのはタッパー容器に入ったおかずの数々。
(これは・・。鈴が作って置いていったのか)
久しく味わっていなかった、彼女の手料理。
思いがけず口にすることができ、心からほっとする。
(やはり、疲れていたんだな・・・)
口に出さずとも、こうして自分を気にかけてくれる誰かがいる、というのは嬉しい。
それが、好きな女性なら尚更だ。
きっと、ここ最近の俺の様子から、不規則な生活ぶりを感じ取ったのだろう。
こうして、思いを届けてくれたことに、今日までの疲れが引いていくような気がした。
*******
気がついたら、東の空が明るくなり始めていた。
(食事のあと、そのまま眠ってしまったのか。彼女にお礼も言えなかったな)
少しの申し訳なさを感じつつ、シャワーを浴び、学校に向かう。
職員室には、まだ彼女の姿はなかった。
(お礼を言おうと思ったんだが・・まぁ、後で容器を返すときにでも・・)
机の横にタッパー容器が入った手提げ袋を置き、校内の見回りに出た。
戻ってみると、手提げ袋が無い。
慌てて周りを見回すと、彼女の机の横にしっかりと。
どうやら、俺がいない間に回収されていたようだ。
(容器は無事に返せたが・・・。後でメールでもしておくか・・いや、ちゃんと面と向かって言おう)
そう思っていたのだが・・・
お互いに忙しく、直接お礼も言えないまま、差し入れはその後も続き。
ようやく彼女と話すことができた日の朝。
なんだか、彼女の顔色が良くないような気がした。
(このところの激務に、俺への差し入れ・・。鈴も、疲れているんじゃないのか?)
彼女は全てに一生懸命で、適当な仕事や、手を抜くことを嫌う。
俺への差し入れが、負担になっているのかもしれない。
そう思った俺は、お礼のあとに
「もう、今日からは結構です。あなたは、あなたの仕事をしてください。」
と、差し入れを断った。
残念だが、美味しい食事は、忙しさが終わってからの楽しみにしておこう。
そのほうが、お互い仕事が捗るだろう。
数日後。
やっと忙しさから開放された俺は、彼女と会う約束を取り付けた。
そして会うなり言われたのは、
「真一さん、この前はすみませんでした。」
「え、何がだ?何かあったか?」
思い当たる節がなく、わずかにうろたえる。
すると、彼女はすまなそうな顔をして言った。
「あの、差し入れとか・・ちょっとおせっかいだったかなぁ、って・・」
「そんな事はない・・かなり嬉しかった。お陰で、この忙しさも乗り切れたのに。」
これは、本当だ。なのに、こんな風に思われていたとは。
しっかりお礼を言えなかった俺のせいだろうか。
「だって、『もう結構です』って言われたから・・」
「そういう意味じゃなかったんだ。ただ、その、君が疲れているように見えたから・・・」
俺が遠慮したことで、彼女は悩んでいたということか。
もっと気持ちをさらけ出して、甘えてみてもよかったんだろうか?
ああ、きっとそうだ。
俺が本音を言って甘えることで、彼女も俺に甘えてくれる。
そうさせてやれなかった、自分を今更ながら悔いてみる。
「君からだったら、どんなおせっかいも焼かれたいがな・・・」
そういうと、さっきまでの沈んだ表情が、涙でわずかに濡れた瞳がぱっと明るくなって。
・・・そんな表情を見た俺の顔も今、多分笑顔になっているんだろうな。
お互い笑い合って、甘え合って、正直になって・・・
そんな関係を、これから築いていきたい。
甘え下手な俺を変えてくれるのは、彼女しかいないのだから。
2017-02-11