ワンライのお部屋1(2016.4〜2017.3)

□ 焦がす想い  (あの夜からキミに恋してた/葉山拓) 2017.2.4
1ページ/1ページ

「拓さん、拓さん、大丈夫ですか?」

剛の声が、自分に向けられたものだと気がつくまで数秒。

「あ、ああ・・・悪い・・・」

「最近、お疲れのようですね。グラス、空ですけど何か作りましょうか。」

「じゃぁ、同じものを頼む・・・」


馴染みのStorm Bar。

ここで飲むのが、一番落ち着ける。バーテンの剛と他愛のない話をして、酒を飲む。
それが、自分にとっての一番の気分転換のはず。

の、はずなのに。何故か今夜はちっとも酔える気がしない。

順風満帆な生活。
会社でも、抜き出た営業成績。
後腐れなく、適度に遊べる女もいて。

周りからは、間違いなくそんな風にみられているであろう自分。

そして、そのとおりに演じてきた自分。


「満たされていると思ってたんだけどな・・・」

そんな独り言を、剛は聞き逃さなかった。

「珍しい。自信家の拓さんが。彼女と何かありましたか?」

「彼女?どのオンナのこと?」

「あれ?このところ一緒にいたあの人は?広告業界の・・」


思い出すのは。
同じCMを見て、同じ感想を語り合ったときの結衣の顔。
人の顔色や表情から情報を読み取り、盗み取ってきた俺が、初めて安らぎを覚えた結衣の顔。

あんな風に傷つけておいて、もう手に入れる術はないとわかっているのに・・・

こんなに求めて、焦がれてしまうなんて。


「彼女なんかじゃねぇよ。」

「そうですか。彼女と一緒のときの拓さん、すごく自然な表情してたから、てっきり・・。」

さすが、接客業なだけあって人をよく見てんな。
剛の言うとおりだ。

結衣といるとき、確かに俺は安らげていた。
罪悪感を感じながらも、会話に引き込まれ、表情に魅せられ・・・

だけど、もう遅い。
後悔なんてガラじゃないが、確かに『後悔』している。
それを認めたところで、もうこの先、結衣とわかりあえることはない。

女々しい思いを振り切って、グラスに口をつけたその時・・・


「・・・ここ、空いてますよね」

そう言って、俺の隣に座ったのは、たった今まで、俺の心を揺さぶっていた彼女だ。


彼女の姿が、声が、まとう空気が。
さっきとは比べ物にならないくらい、心の中に入り込んでくる。

「お前・・何でここに・・・」

そう言う口調とは裏腹に、切ないくらい自分が結衣を求めていたのだと。
改めて、気付かされた。


アンナデアイジャナカッタラ
アンナデアイダッタカラコソ

相反する思いを持て余し、俺は・・・これからどうなっていくのだろう。
期待していいのか
期待しちゃダメだ
素直になれよ
いや、弱みは見せるな
忘れろ
忘れたくない
・・・・・
・・・・・

たくさんの焦れる気持ちを隠し、俺は・・・




2017-02-05

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ