ワンライのお部屋1(2016.4〜2017.3)

□ おせっかい (教師たちの秘密の放課後/神狩真一) 2017.1.28
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「あれ、神狩先生。お昼それだけですか?」

世良先生の驚いたような声に、視線を向けると・・・
(え、あんな小さなパンひとつだけ?しかも、菓子パンなんて。)

今は期末考査の真っ最中。
3年生の受験の応対も、少しずつ落ち着いてきたとはいえ、まだまだ忙しい。

年度末に向けて、教師たちも今が一番の踏ん張りどころ、という感じだ。

そんな中でも、学年主任であり、生徒指導も任されている神狩先生は、ひときわ忙しそうなのに。

どんなに疲れていても、あの涼しい顔でこなしてしまうのだ、私の恋人は。

「ええ、たまにはパンだけでもいいでしょう。まぁ、ゆっくり食べている暇もないですし。」

そんなことを言いながら、黙々と仕事をする姿は、教師の鑑だ。
でも。。。。
(いくら何でも、あれじゃダメだよね。・・・そうだ!)




他の先生方より少し早めに終われた私は、いつもよりたくさんの買い物袋を提げて家に戻った。

そして、日持ちのするような作り置きおかずを何品か。

出来上がったものを、少し地味目の保冷バッグにいれて、神狩先生の部屋のドアの前に置いておいた。

(本当は直接渡したいけど、帰りが何時になるかわからないからなぁ・・・)

学校以外では、話す時間もほとんどない今の時期。少しでも疲れを癒してほしくて。
本当に、それだけの気持ちだった。



そんな差し入れを続けた、3日目の朝。
職員室の手前で、神狩先生とバッタリ会った。

「おはようございます、真一さん。毎日お疲れのようですが、大丈夫ですか?」

「毎年、今が一番の正念場ですからね。慣れてしまえば、このくらい。」

あ、無理してる。

「あの、差し入れのほう、食べてもらえてますか?」

「ありがとうございます。おかげでこのとおり、人間らしい生活ができてます。でも、」

一瞬、ためらうような間があった後。

「もう、今日からは結構です。あなたは、あなたの仕事をしてください。」



学校にいる間は、忙しくて思い出さずにすんだけれど。
帰って来て、一人になると、真一さんの言葉がリフレインする。

(結構です、ってハッキリ言われた。迷惑だったのかな。おせっかいすぎた?)

別に、優しい言葉を期待していたわけじゃない。
ただ、真一さんの体を気遣ってのことだったのに。

(真一さんだって、いい大人で。自己管理できてるんだよね。)

掃除は苦手でも、それ以外はそつなくこなす人なのだ。

(世話やかれるのが、うっとおしく感じることもあるよね。)

そう、頭ではわかってるのに。割り切れない私はまだまだだな、と思う。



******



そうして、期末考査の採点も終わり、ようやく一息つけたある日。
放課後、神狩先生からメールが届いた。

(真一さん?いま、同じ職員室の中にいるのに?)

あれ以来、プライベートではほとんど話せていないせいか、メールを開く手が震える。



『今日は早く終わる。部屋にいっても、いいか?』


え、とすぐ傍の彼に視線を移すと・・・

「何ですか、星野先生。ぼんやりしているようですが?」

真剣な顔で向き合っていたPCから顔をこちらに向けられる。

「え、ええと、何でもないです!あの、大丈夫です!」

そう言ったわたしの言葉を、メールの返事と受け取ったようで。

「なら、いいんですが。・・・期待していますよ。」

最後の言葉は、私にだけ聞こえるようにこっそりと。そんな時でも涼しげな顔で。

(もう、ズルイなぁ。あれ?でも普通どおり、だよね?大丈夫だよね?)



夕ご飯の支度を済ませ部屋で待っていると、インターホンが鳴った。
ドアを開けると、待ち焦がれた、その人が。

「い、いらっしゃい、ませ・・・」

「?」

「どうぞ、ご飯もできてますので・・・」

「久しぶりなのに、随分と他人行儀なんだな。」

普段どおりだ。何日か前に、ピシャリと遮断されたときの顔とは、全然違う。

「良かった・・・。」

「何が?どうした?」

私の顔を覗き込む真一さんは、二人の時だけの優しい眼差しで。
本当に、心から心配しているようだった。

ようやく私も安心して、口を開く。

「神狩せんせ・・いえ真一さん、この前はすみませんでした。」

「え、何がだ?何かあったか?」

「あの、差し入れとか・・ちょっとおせっかいだったかなぁ、って・・」

「そんな事はない・・かなり嬉しかった。お陰で、この忙しさも乗り切れたのに。」

「だって、『もう結構です』って言われたから・・」

そういうと、真一さんの大きな手が、ギュッと私を包んだ。

「そういう意味じゃなかったんだ。ただ、その、君が疲れているように見えたから・・・」

「え、私がですか?」

一番疲れた顔をしていたであろう人が、私の心配を?

「その、君のことだから、差し入れも栄養バランスのいいものを考えて作ってくれたんだろう?
仕事も忙しいのに、俺のことで煩わせるのは申し訳ないと思ったんだ。」

「そうだったんですね・・・。そんな事ないんですよ。息抜きを兼ねて作っていたので。」

「そうだったのか・・・。俺のほうこそ、余計な気を回して、悪かった。」


少し前までの、沈んでいた気持ちが、急に幸せな気持ちに変わるのは。
お互いが、お互いを想いあっているからこそ。

「君からだったら、どんなおせっかいも焼かれたいがな・・・」

そういう彼の、やわらかな笑顔に、また幸せと勇気をもらって。

「夕ご飯にしましょうか。」

二人だけの時間は、これからまた、始まっていく。



2017-01-29

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