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□ごめんなさいの威力
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声に驚いて、後ろを振り向くと。





「社長……その怪我は、どう致したのですか?」

「え……!?」





仕事でしばらくは戻れないはずの恋人が、そこにいた。



……隠し事とは、往々にして隠し通せないものである。

隠したい相手ほど……尚更に。





「ずいぶん……早かった、ですね。今日は帰ってこないかなって思ったので……」

「嫌な予感がしたので、早めに終わらせたんです。……まさか、当たるとは思いませんでしたが」





恐るべし、察知能力である。

だが真面目な顔で語っているので、笑い事ではない。





「で、何が合ったのですか?」

「えっと……その、とても言いにくいんですけど……あのー」





言葉に詰まる、いつき。

目を泳がせて、縮こまっているその様子は年齢以上に幼く見えた。



普段は、どんなに格上の相手だろうがお構い無しに交渉の場に引きずり出してまで商談をまとめたり、結果として他人を目論見通りに動かしたりと、上に立つ者としては天性の才能を見せるのだが……。

その片鱗すらもない姿だ。



愛する者ほど強い者はいないことを、体現したかの様子に半ば呆れ顔のその他社員たち。





「言いにくい……ですか。社長、何をなさっていたのです?簡潔に、お答え下さいな」





簡潔に、という単語を強調して言う猫屋敷。

一見穏やかに微笑んでいるように見えるが、こういうときこそ怒っていることを、いつきは嫌になるほど知っていた。



冷や汗が、じわりと額から流れていく。





「あ、あの……お、オルトくん、助けて!」

「話を振るな、このDummkopf〈馬鹿〉!!」





どうやら、あまりの恐怖心に耐えきれなかったらしい。



少し離れた位置で、ノートパソコンを使い書類作成していたオルトヴィーン・グラウツに助けを求めた。

だが、オルトヴィーンは素早くノートパソコンを折りたたむと、黒羽とみかんのいる大部屋へと行ってしまう。





「……オル君、お兄ちゃん社長のこと、助けてあげなくていいの?」

「流石に……いつき君が可哀想じゃないですか?」





大部屋にて、呪物の整理をしていた2人に咎められるような口調で、尋ねられるオルトヴィーン。



しかし、頼みの綱であるオルトヴィーンですら、一蹴……という訳ではなかった。

単純に、猫屋敷の笑みが尋常ではないと思ったからである。



小柄な体躯に似合わないほど凶悪さを秘めているオルトヴィーンをビビらせている辺り、猫屋敷の笑みの恐ろしさを表すものは無いだろう。



そんなことは悟られないように、ぶっきらぼうに返答する。

呆れたように……肩をすくませつつ。





「構わない。……見てれば、わかるだろ」

「「見て……?」」





不思議そうな2人を、面倒くさそうに指で示す。

その先にいるであろう人間は、いつきと猫屋敷。



見てればわかる、とはそのままの意味だったらしい。



実質覗き見にあたるので、良心がやや痛むところだが……それよりも好奇心が勝る。



大部屋の扉をいつきたちが見えそうなくらいにまで、開けた。





(お兄ちゃん社長、ごめんね……)

(いつき君、ごめんなさい。……猫屋敷さんにはバレないようにしなきゃ。いつき君はともかく……)





心の中で、謝りつつ意識を2人の方へと集中させる。





「あらあら社長、駄目じゃないですか……人に頼っては」

「だって猫屋敷さん、明らかにいつもより怒ってるじゃないですか!」

「それは当たり前ですよ。……仕事から帰ってきたら、恋人が包帯だらけの痛々しい姿をしていたのですから」

「……っ」





いつきの髪を軽く撫でると、さらに近づいて抱きしめる猫屋敷。





「どうせ貴方のことだから、また入札でも無茶をしたのでしょう?」

「あはは……ちょっと、だけです」

「ちょっと、でこんな怪我なんてしませんよ。……貴方は、もっと自分を大切にしてください」





“無事で、良かった”



微かに震えた声には、怒りなんて既に無い。

そこにあるのは、ただ安堵ばかりで。



ようやく、自分が彼にどれ程の不安を与えていたかを思い知る。





「……ごめんなさい」





猫屋敷の頬に触れて、真っ直ぐに彼のことを見つめた。

愛しさと、自責による感情の波のせいで、涙目になってしまう。



それに気づいた猫屋敷は、キスをするかのようにいつきの目元に唇を寄せ、涙をすくいとった。





「……良いんですよ。分かって頂けたらのであれば」





そしていつも通りの、優しい微笑みでそう答えた。
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