短い夢

□僕のわがまま
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一松side

「…あ、名前」

いつものように野良猫たちと戯れようと路地裏に来た僕は、ある人物を見つけた。
そいつの名前を呼ぶとしゃがんだ体制から立ち上がりふわり、優しい笑みを浮かべる。
名前はここら辺でも有名な財閥の一人娘で、暇を見つけては屋敷を抜け出しここに来て僕の話し相手をしてくれる。

「…また来たんだ」

「ええ。また来ました」

ゆらりと艶のある黒髪が揺れた。
薄らと施されたメイクや、傷一つついていない手入れの行き届いた靴。それに合わせた大人しくも華やかさを感じさせる服。
猫を撫でるその仕草まで、どこを切り取っても非の打ち所がないくらい完璧な名前。
傾きかけた日が、僕らの顔に影を落とす。

「…ねぇ、名前」

「はい、何でしょう?」

いつもと変わらぬ優しい笑顔で僕を見る。
僕はこの顔が好きだ。
僕にだけ向けてくれるこの笑顔が大好きだ。
出来ることならずっと隣で見ていたい。
こうして2人だけの時間を過ごしたい。
でも、僕も子供じゃないから分かるんだ。
左手の薬指でキラキラと輝くそれが教えている。名前がもうすぐ遠いところへ行ってしまうことを。
今日こそ、聞かなくちゃ。
怖いけど聞かなくちゃいけない。

「名前さ、いつまでこうしてられるの?」

僕の鼓動が不規則に早まったのが分かった。
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