短編集

□別れの挨拶
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いつもと変わらない毎日。

ルキくん達に見送られながら仕事場に向かう。控え室に入るとマネージャーからおはようございますの挨拶。

今は長期の映画撮影の為、主役である俺も朝早くから現場入りしなきゃいけない。…正直、一日中笑顔貼り付けてるの疲れたんだけど。それでも一応笑顔は保ったまま撮影開始。

今回の映画は若者からの支持が強い純愛系の話。その作家さんも有名らしいから、

「俺大ファンなんですっ」

なーんて言ってみたけどもちろん嘘。そんな理想論だらけな人間共の書いた話なんて読む訳ないじゃん。ルキくんは読んでるかも知れないけど。




「ただいまー」

夜遅く、映画撮影を終えて自宅に帰ると俺の大好きなヴォンゴレビアンコの匂いがした。さっすがルキくん、気が利いてる〜♪

リビングのドアを思いっきり開けたら、みんな振り返ってくれて

「「「おかえり」」」

「コウくん!おかえり!」

イブも笑顔で迎えてくれる。

そう言ってくれるけど。…あれ。何か物足りない…。

「…名無しさんちゃん、は…?」

コウ、とルキくんが呼びかけてくる。

「お前、最近様子が可笑しいが…大丈夫か?名無しさんなら出て行ったとこの間、自分で言っていたじゃないか」

あ、そうか…名無しさんちゃん、出て行った、のか…。



…そんな訳ないよ。俺が虚しくなる必要なんてないんだ。たかだか人間の女でしょ?イブも手に入れて、あの方に恩返しも出来たんだからこれが理想の生活でしょ?

「わーっ!ヴォンゴレビアンコだぁ!!いっただっきまーす!」


胸の痛みに気が付かないふりをして目の前のボンゴレを啜る。

コウ、と何かを言おうとしたルキくんの声をまたボンゴレを啜って遮る。
何か言われるのは分かってたから。



…認めないから。俺。



そんな感じで毎日を過ごしていく。いつもならそんなに疲れない筈の一週間で、何故かかなり疲労が溜まっていた。

このまま行くときっと熱が出る。でも映画撮影を休む訳には行かないから、少し怠い身体に鞭を打って撮影現場に向かう。

疲労が溜まっているせいか、監督からのダメだしも増えた気がする。


「…はぁ、だっる…ただいまぁ…」

「あ、コウくんおかえり」

「…あれ、ルキくん達は…」

「ルキくん達、今アヤトくん達の所に行ってるよ」

あぁ…なんか言ってた気がするな…。俺は来なくていいって言われた気がするけど…。怠いし、まぁいいか。


「でね、ルキくんが居ないから私が作ってみたんだけど…どうかな?」

目の前に置かれたのはヴォンゴレビアンコ。きっと気を使ってくれたんだけど、上手くできてるか不安で、困った様に笑ってるイブを見て、不意に思った。

俺達はこの笑顔を手に入れる為に頑張った。それがこうして実を結んでるけど…違う。今の俺が欲しいのは…見たいのはこの子の笑顔じゃない。

そう自覚してしまえば、俺の疲労が溜まっている原因も、今までの何か違和感を感じていた事も気が付いてしまった。


「…ごめん、俺、食べられない」

「え…待ってコウくん!そんなに美味しくなさそう…?」

心配そうに聞いてくるイブ。
ごめん、俺。俺の前からあの子が居なくなる原因を作ったお前を許せない。イブは悪く無いけど。

「…ごめんね、俺。今機嫌悪いから放っておいて」

「あ…」



そのまま踵を返して部屋のベッドに倒れ込む。

…俺は名無しさんちゃんが好きだった。

でもきっと心の何処かでは、最初から気が付いていた。でも気付いてないふりしてただけ。

「…俺…バカだ」

イブは何も悪くない。悪いのは…俺。


俺を玄関に必ず迎えに来てくれて、笑顔で迎えてくれる。
何でそんなに笑顔なの、呆れながら聞いたらとっても嬉しそうに笑って言ったんだ。

「コウくんが帰って来てくれたから」


最後に見せたあの顔。俺に心配かけない様に一生懸命笑ってたけど痛々しい笑顔だった。悲しそうに笑いながら、名無しさんちゃんは…

「イブとお幸せに、ね…?」



あぁ……。気が付いた時にはもう遅くて。俺の手の届く所にはあの子はもう居ない。

俺がどんだけ機嫌が悪くても、いつも笑顔で接してくれた。それが心の支えになっていたのに。

そんな彼女を俺は…冷たい態度で突き放した。イブが手に入らなくてイライラしてたから。

当たり前すぎて失ってからしか気が付けなかった。本当に大切なもの…。

溢れる涙は止まらずに俺のお気に入りの服を濡らしていくけど、今の俺にはそれを拭く気力すら沸かない。

……あぁ、いつもならここで名無しさんちゃんが入ってきて俺の頭をずっと撫でてくれていたはずなのに。


「…名無しさんちゃん………」

聞こえているはずもないのにそっと呼び掛けてみる。あの子なら、
「どうしたのコウくん?!」
何て言いながら今にもドアを開けて入ってくる気がして。

「…俺、泣いてるよ…いつもなら君が撫でてくれるのに…俺、涙が止まんないよ…」

そっと。

去ってしまった君に。

届け。

願いを込めて。


「…大好きだよ、名無しさん…」

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